67話 甘くない温度差
バレンタインデーの朝。可南のデスクに積み上がった色とりどりの箱を見つめながら、龍は目を丸くした。
「今年すごいっすね、チョコの量。店でも始めるんですか」
「朝来たらこの状態で……今年は男性陣からのやつが増えてるな。来月のお返しがまた大変だ」
「えっ、男性陣?」
驚く龍の横から足音もなく近づいてきた篤史が、手にしていた段ボール箱を掲げた。
「可南さん、おはようございます。いいジンのミニボトルセットあったので良かったらシェアしません? ちょうどバレンタインですし日頃の感謝も……あれ?僕出遅れました?」
「篤史さん、その重たそうな箱は全部酒? シェアして1人分がその量?」
「いえ、これから分けようかと」
「良かった~、その箱が1人分かと思った。でも昼休みにして。とりあえず俺このデスクの上どうにかしないと」
可南がどこからともなくエコバッグを取り出し、手際よく菓子箱や菓子袋を詰め始めるのを横目に、龍は少し表情を曇らせて篤史を見た。
「篤史さんは去年も何か持ってきてましたっけ?」
「いや。今年は丁度いいものが手に入ったから労いもかねてね。他意はないよ、僕は」
「俺は何も考えてなくて……すみません」
手ぶらでここにいるのが申し訳なくなった龍が謝ると、可南はクスリと笑う。
「何で謝ってるの? 龍さんはこんな所で点数稼がなくても実績が申し分ないから十分だよ。篤史さんだって本当なら俺がねぎらう側だし」
「僕は貴方個人には何もしていませんので、たまには貢いでおかないと」
「……何か受け取ったらいけない予感がするな」
可南は引き攣ったような苦笑いを浮かべ、箱の山に視線を戻した。
◆◇◆◇
昼休み、昼食を済ませた龍はスマホの画面を真剣な顔つきで眺めていた。そこへコーヒーカップを手にやって来た篤史が背後から声をかける。眼鏡の奥の瞳は綺麗に細められていた。
「ふふ、可南さんに何をあげるか調べてるの?」
「あ、いえ……そういうわけでは」
篤史の後ろにいた薫も、好奇心に駆られた瞳を輝かせ「どれどれ」と龍のスマホを覗き込んだ。
「何見てるんです?『目的別喜ばれるプレゼント』……えっ、まだ可南さんに何もあげてないんですか? こんないいアピールイベントなのに!」
「別に今からあげようってわけでは──」
「可南さんなら駅ビルに連れて行ってワインコーナーとか一緒に回ったら? 好きなの選んでもらって、それあげればいいんじゃない?」
「篤史さん、何言ってるんですか! ここはもっと特別感欲しいんですよ、特別感! ねぇ? 龍さん」
「当日慌てて用意する時点で、計画性も無ければ特別感もなにもないよ」
「厳しいっすね。でもせっかくのイベントだから、いい感じになるシナリオなんかないですか?」
「あの……」
「酒を選んでつまみを買う。試飲したいとか言って可南さんの家になだれ込む。その先は……まぁ龍さんの好きにすればいいよ。これが一番スマートでしょ?」
「自然な流れで家に侵入、ありですね!」
「……」
「侵入なんて野蛮だな。一杯試飲するのにちょっと上がらせてもらうだけさ」
楽しそうに盛り上がる二人の横で、龍は口を挟むタイミングを完全に失っていた。
(……話が勝手に進んでるなぁ)
◆◇◆◇
夕方になり、仕事を終えた可南がフロアを横切ろうとしたところで龍は声をかけた。
「お疲れ様です。今日この後空いてたら飯でもどうですか?」
「ごめん、今日荷物多いから車で帰るんだ」
「車? 今日電車じゃないんですか? 今朝俺の前を歩いてたような」
「友達が展示会で近くに来てて、仕事帰りに拾ってくれるって言うから乗せてもらう」
「そういうことですか、分かりました。確かにその荷物じゃ電車は厳しいっすよね」
両手に膨らんだ袋を下げた可南を見て龍は納得する。電車どころか寄り道すら厳しそうな大荷物だった。
プレゼントをあげるのに、バレンタインにこだわる必要はないんじゃないかと開き直り、可南を見送った後、龍も帰宅の途についた。
◆◇◆◇
会社の裏口付近には、見慣れた乗用車がハザードを点灯させて停まっていた。運転席から降りてきた柳橋が、可南の手元を見て口を開く。
「よっ!お疲れ、って何持ってんの? すげー荷物だな」
「今日バレンタインだから色々」
「それ全部かよ?! ぼっち君がモテてんなー!」
「俺の心証を良くしたいっていうみんなの努力の結晶だね。それよりヤナのスーツ姿初めて見た気がする」
「そうだっけ?なかなかキマってるだろ~?」
「うん。社会人かと思った」
「ちょっと背伸びしてぇ年頃で……ってもう10年社会人やってるわ!」
「あははっ!そうなの?」
後部座席のドアを開けて奥に荷物を押し込み、可南はそのまま乗り込んでドアを閉めた。すかさず柳橋がツッコミを入れる。
「おい、いつまで重役やってんだ。座るなら前だろ。助手席」
「あ、ごめんいつもの癖で。でも面倒臭いからここでいいや」
「いや、おかしいだろ。なんでダチと前後で喋んなきゃいけねぇんだよ」
「はぁ、仕方ないな。乗せてもらってる身だから助手席に行ってあげるか」
「は? 傲慢かよ」
呆れ顔で笑う柳橋は、可南がシートベルトを着用したのを確認して車を発進させた。
「そういやクリスマスの時、プレゼント最近もらってねぇって言ってたけど、ちゃんともらってんじゃん」
「こういう社交辞令のは貰うよ。義理に打算に付き合いに……プレゼントって言わないでしょ」
「ふーん。じゃあコレは? この袋の中見てみて」
柳橋は前を見ながら左手で車に備え付けてあるコンソールボックスの中を探り、コンビニ袋を取り出した。言われるまま、可南は中身を確認する。
「……これがどうしたの?」
「お前にプレゼント」
「ふっ、コンビニ袋に入ってるプレゼントとかある? 雪見だいふくは好きだけど」
「どうせバレンタインも仕事だけしてるんだろうと思ってさっき買っといた。でもいらなかったな」
「また何か狙ってる? これの対価ならラーメン一杯くらいだよ」
「そんなんいらねーわ。この後お前送ったら彼女んとこ直行だし」
それを聞いた可南は、顔色を変え柳橋の横顔を見上げた。
「予定あったなら言えよ何やってんだお前! それなら俺タクシーで帰る。停めて」
「待て待て! カナの家のもっと向こうなんだよ、彼女の家。だからついでなんだよ、ついで!」
「……本当? それならいいんだけど。ユイちゃんだっけ?告白されて付き合い始めたのってクリスマスの後だったよね」
「おう。今が一番熱い時期よ!積極的だしノリいいし可愛いんだこれが」
「へぇ、向こうからそんなに来るなら続きそうだね。ヤナのモテ期は終わってなかったのか」
「はっは~!残念だったな!」
「楽しそうで何よりだ」
「ホントお前は彼女自慢のしがいがねぇよな」
「自慢してたんだ? イイナイイナー」
「棒読みじゃねーか! 謎に負けた感があるわ」
「ヤナははにほはたかっへるの?(ヤナはなにと戦ってるの?)」
「アイス貪り食いながら喋ってんじゃねーよ!粉落ちてっぞ!」
「らっへとけるし(だって溶けるし)」
「お前もうちょっと、なんつーかさー……」
「?」
柳橋はハンドルを握る手にグッと力を込める。この手の話題にさほど関心のない可南の反応がいまいち面白くなかった。かと言ってどんな反応が来れば満足なのか、と考えても自分でもよく分からないのだった。




