63話 それぞれの夜
休日出勤の昼下がり、俺はスマホを確認して届いていたメッセージにため息を吐いた。
『男だらけのクリパ! カナもくる?』
画面の向こうで騒ぐ友人たちの顔が浮かぶ。クリスマス・イブという言葉の響きだけでここまで陽気になれるなら、それは幸せなことだと思う。そんな心に反して指は素っ気ない返答を返していく。
『無理、今日仕事』
『相変わらず大変だなー。夜までかかる?』
『何もなければ定時』
『百瀬絶好調ーー!』
続けて送られてきた画像には、ものまね中らしい変顔の百瀬を真ん中に、見覚えのあるむさ苦しい顔ぶれが所狭しと並んで写っていた。
楽しそうで何よりだが、いつまでも連中に付き合っていられない。俺は柳橋の通知だけをオフにして、再びPCの画面へと意識を戻した。
◆◇◆◇
特にアクシデントもなく定時を迎え、オフィスを後にする頃にはすっかり日が落ちていた。溜まっていた柳橋のメッセージをスクロールしていくと、一番下に思わぬ文章が残されていることに気づく。
『定時に上がれそ? 近かったから寄ってみた』
添えられた画像に目をやれば、それは見慣れた会社の最寄り駅の改札口前だった。現在よりやや空が明るい。
(三十分前か。あいつら飲んで出来上がった状態で来てるの? 周りに迷惑かけてなきゃ良いけど……)
駅に向かいながらそんなことを考えていたら、今日は休日だった龍からも短いメッセージが届いた。
『トラブルなくて良かったっすね。予定がなければうち寄りません? いいシャンパンありますよ』
夕方からポツポツと入っていたメッセージの最下部には、心惹かれる誘い文句があった。
既読は付けたもののすぐには返信を送れない。もし柳橋たちが駅で騒いでいたら、自分が責任を持って撤収させなければならないからだ。
駅が見えてくると、すぐさま改札口周辺に視線を走らせ馬鹿騒ぎする集団はいないかと探す。幸いなことに、それらしい騒ぎは起きておらず俺はひとまず胸を撫でおろした。が、ホッとしたのも束の間、改札口の正面にあるベンチに背の高い銀色ハーフアップの男が座っているのを見つけてしまった。
俺は手早く龍へ断りの返信を打つと、その男の後ろ姿に向かって歩き出した。
◆◇◆◇
「元々約束してたわけでもなし……いつでも、別に」
静かな部屋のなか、龍はスマホの画面を見つめて低く呟いた。休日出勤をしていた可南へ送った誘いの返事は否だった。つい先刻まで予定はなさそうだったのに、急な用事でも入ったのだろうか。
可南からの返事を待つあいだ保留にしていたメッセージを開くと、画面にはバイク仲間からの賑やかな催促が並んでいた。今夜は次のツーリング計画を立てるために集まるらしく、少し前から何度も通知が届いている。
「……行くか」
短めに返事を返し、龍は出かける身支度を始めた。誘いを断られた寂しさと、いつもならこの手のイベント日はフリーなはずの可南に、一体どんな用事が入ったのかという些細な疑問が胸の奥に燻っている。
しかし、自分がそれを詮索出来るような立場でもないことは龍自身が一番分かっていた。
龍は重い腰を上げ、仲間たちの待つ場所へ向かうため部屋を後にした。
◆◇◆◇
「ヤナ、こんな所で何してるの? 他の──」
「おっ! お疲れー! んで、メリークリスマッス!!」
尋ねる俺の言葉を遮るように、相手は振り向き様いつもの音量で言葉をぶつけてくる。
「……うるさ。他の奴らは?」
「いねぇよ」
「なんで?」
「夜は予定あるやつ多いからいつも早めに終わらせんだ。彼女とか家族がいるやつも居るし、そっちが優先だろ」
「ヤナは? 彼女いないわけないよね?」
「先月からいねぇよ悪かったな!」
「へぇー、昔は途切れたことなかったのにヤナのモテ期は終わったんだ?」
「万年ぼっちのお前に言われてもなぁ」
「そう。じゃ俺ぼっちだし帰るね」
「えっ?! いやいやちょっと待てって、冗談じゃん。渡すもんあんだよ、コレ」
足をとめさせようとしたのか、柳橋が急いで差し出してきたのは小綺麗な紙袋だった。
「……何これ?」
「お前今日どうせ仕事しかしてねぇんだろ? こんなに世間が浮かれてんのに、このまま帰って寝るだけなんてつまんねぇじゃん。超気が利く俺からのクリスマスプレゼント!」
「ヤナの会社の販促グッズとかやめてよ? あ、今日のクリパの余りものとか……だとするとこれ開けたくない感じするんだけど」
「そんなんじゃねぇって。クリぼっちのお前のためにわざわざ用意してやってんだよ」
「俺のため……開けていい?」
「おう」
紙袋の中には、ふわふわした柔らかい巾着型の布袋が入っていた。リボンを解き丁寧に開いてみると、中から手触りのいい手袋が出てくる。
「……手袋」
「これならダブついてもいいだろ。し・か・も、スマホ操作が出来るやつだぜ!」
「うん……本当だ、指先の素材違う」
「気に入らね? なんかマズかった?」
「いや違うんだけど、こう……改まって個人的にプレゼントもらうの久しぶりで……恥ずかしい感じする」
嬉しくないわけじゃない、それを伝えるために素直な感想を言った。それを聞いた柳橋は思い切り口角の上がったニヤニヤした笑顔で俺の顔を覗き込んできた。
「ほぉ~ん、そうなの? 何で? 何がどう恥ずかしいの? ちゃんと人の目を見て話せって。照れてるってことぉ?」
「ニヤニヤするなそんな顔なら見ない。帰る」
「えー? カナちゃんはこんな大人にもなって貰いもんの礼の一つも言えねぇの?」
「今お前にすごくイラッとした。……ありがとう。でも、わざわざこれ渡すためにここまで?」
「おー。クリパの帰りに寄っただけだけどな」
冬の冷気の中、手に持っていた手袋からじんわりとした暖かさが伝わるような感覚がした。
これは柳橋の気遣いと善意が乗っている品物だ。こんな温かい物をくれた相手を手ぶらで返すわけにはいかない。
「何かお返し……これから夕飯どう? 俺奢るよ。こんな日だから洒落た所は空いてないだろうけどいくつか当てがある」
「マジで? どこでもいーよ。でもお前今度は暴れて寝たりすんなよ?」
「あれはお前のせいだ。お前が何もしなければ問題ない。それより……ねぇ、さっそく手袋付けた。どう?」
手首までしっかりと覆うそれを柳橋に見せると、やつは少しだけ真顔になって俺の手元を見つめた。
「んー……思ったのと違うな」
「そう?」
「思ったより、ずっといい」
「じゃあお前の見立てがいいんだ」
「だろ? なんだ上機嫌じゃん。カシミヤとかのもっといいやつにしたら良かったな」
「ううん、これがいい。ヤナが俺のために時間をかけて選んでくれた物だし、俺はそのこと自体が嬉しい。質なんていいんだよ」
柳橋は数秒俺を見て、手袋に視線を落とし、また俺を見た。そして呆れたように笑って前を向く。
「今のそれさー……ま、それがお前か。その柄シャレてるよな。俺も色違いで買おっかな」
「何でお前とお揃いにしなきゃいけないの馬鹿なの? 意味がわからない」
「いいじゃん、照れんなよ」
「何に……? やっぱり帰ろうかな」
「うそうそ、調子に乗りました! んで? まずどこ向かう?」
軽口を叩き合いながら、俺たちは街の灯りのなかへと歩き出した。




