61話 関係修復
《柳橋視点》
翌朝、テーブルの上に置いてあったスマホのアラームを止めたのは可南の方だった。
遅れて起きた俺と目が合うなり可南は呆れたような顔をする。
「ここお前んち?人を昏睡させてなに勝手に連れ込んでるの?」
「は? 昏睡っ?! 連れ込み?? 人聞きが悪いぞ! そりゃ原因は俺かもしらんが勝手に寝たのはそっちだろうが。誰がここまで運んできてやったと思ってんだむしろ謝れ! 感謝しろ!」
勢いよく言い返す俺を、可南はさらに呆れた顔で見返してくる。
「そこじゃない。何でお前の家なの? ちゃんと俺の家に送り届けろってこと」
「何を偉そうに! 住所知らねぇんだから送りようがないだろ? どうしろってんだよ?!」
「他人のふりして交番にでも置いとけば」
「マジでそれやっていいのかよ? 次はそうするぞ」
「次はない。いいわけがない、考えてものを言えよ!」
「ふざけんなお前がだろ?!」
なんで俺が責められなきゃいけないのか。言い合いになるとどっちも引かないのは昔と同じだった。
「……あぁもう。お前とはすぐこうなって駄目だ」
うんざりした口調で言われて腹が立ち、俺はさらに言い返す。
「お前のその傲慢な態度のせいだろ。マジでどうにか──」
「ヤナ、昨日ありがとう」
唐突な言葉に、俺は口を開いたまま止まった。さっきまで喧嘩腰だった可南は普通の顔して俺を見ている。
「……おっ?……あぁ、いや別に。……何か変な感じするな? 何だ?」
「何が? ところで、ここどの辺? 最寄りの駅までの所要時間は?」
可南はもう次の話へ移っていた。
俺が駅名と時間を答えると、頭の中で出社経路でも考えているのか奴は少し黙った。
「……帰る時間ないから直接会社に行くか。もっと早く起こしてよ」
「知るか、この時間に起こしてやっただけありがたく思え。職場はどの辺?」
「恵比寿からちょっと歩く」
可南はスマホで現在地を確認しながら、駅までの経路を確認している。ベッドに座ったままでいるところを見ると、そこまで慌ててはいないらしい。
「それよりその顔やべぇぞ。時間あるなら冷やすか?」
そう、俺はさっきからずっと気になっていた。こいつのまぶたの腫れヤバくね? つーか、蚊にでも刺されたのかよ。
「そんなにマズイ? まぁ瞼が重いような感じはある。お前のせいだ」
「俺のおかげ、だろ。はっはっ~!」
「うるさいよ、調子に乗るな」
「濡れタオルやるから顔に乗せとけ」
俺は洗面所から、水で濡らしたタオルを持ってきて可南の顔にビチャッと乗せた。
「濡れすぎ、ちゃんと絞れ! 鼻塞ぐなおい!」
「ひゃっひゃっひゃっ!」
「二度手間っていうんだこういうの……あ、落ちた。シーツ濡れたわ、悪いね」
「わざと置いただろ信じらんねー!」
「あはははっ!悪気は……ちょっとあった」
濡れたシーツを見てケラケラ笑う可南につられて、俺まで笑ってしまう。
「っていうか時間ないからタオルはいいや、ありがと。洗面所あっち?」
パタパタと駆けていく可南を目で追いながら俺の口元が緩む。再会以来笑わなくなったなと思っていたが、今やっとあいつは俺の前で笑った。
ずっと顔に張り付いていた陰りも、よそよそしさも、すっかりなりを潜めている。どうやら昨日の発破の成果はあったようだ。
この気安さが、やはり誰と居るより心地良かった。
◆◇◆◇
そういえば奴の連絡先を未だ聞けていないことを思い出す。最悪また桜を通せばコンタクトは取れそうだが、出来たら今直接聞いておきたかった。
今なら聞ける。そう思い、スマホを手に廊下へ出たら、身支度を終えた可南が玄関へ向かうところだった。またマップを確認しているのか、奴の手にはスマホが握られている。
俺はその背中を追いながら急いで声を掛けた。
「カナ! LINEか電話教えろよ」
「経路確認が先。えーっと駅、駅」
「待てって、登録くらいすぐ出来るだろ」
「もう出るから無理」
可南にちょうど追いついた時、持っていたスマホから着信音が鳴りだした。可南もこっちを振り返る。
「電話鳴ってるよ?」
「後でいい」
「こんな朝からなんて緊急かもしれないから出たら?じゃ、行くから」
可南はそう言って玄関の扉を押し開けて、振り返りもせず足早に出て行ってしまった。
「……チッ、うぜぇな誰だこんな朝から」
俺はぶつぶつ言いながらスマホの通話ボタンを押す。画面に表示されていたのは知らない番号だったが、仕事にも使う電話だから基本着信すべてに出るようにしていた。
「はい」
次に聞こえてきた相手の第一声に、俺は一瞬固まった。
「ヤナ。これ、俺の番号」
スマホを耳に当てたまま少し考え、俺は玄関の方を振り返る。さっき出て行ったばかりの可南はやっぱりそこにはいなかった。
「……お前俺が渡したメモ速攻で捨てて全然見てもいないって桜が……番号なんで知ってんの」
「たったあれだけの数字、一瞬でも見たら覚える」
「は? じゃあお前最初から……つーか相変わらずスゲーな、どんな能力者だよ」
「それが俺だ。知ってるでしょ? じゃあ……いってきます」
「まっぅ……え? いっ?」
「じゃあ」の後に続く言葉を見誤って変な声が出たが、すでに通話は切られていた。
「行ってきます」という言葉のむず痒さに、なぜか顔が笑ってしまう。
「切んのはえーよ、返事聞く気なしか」
やっぱり俺が優勢なのはあいつが弱っている時だけで、元に戻ってしまえば主導権はあいつにあった。
いつものことだし、それが俺の親友なんだから仕方ない。今さらムカつきもしなかった。
慣れた操作で履歴からさっきの電話番号を表示させ、可南の名前を登録する。ひとまずスマホはソファに放り投げて朝飯の準備に取り掛かかることにした。
「……? 何か……何だ? まぁいいか」
俺は妙に後を引く、フワフワとした高揚感と期待感を感じていた。何でなのか少し気にはなったものの、とりあえず今は腹を満たすほうが先だ。いそいそと冷蔵庫を開けて中のものを物色する。
でも……俺はふと、可南はあの腫れぼったい顔の言い訳をどうするんだろうかと想像して、また少し笑ってしまった。




