59話 惹かれる温度 後編
《柳橋視点》
繁華街と住宅街の中間にあるようなここのコンビニは、夜中でもそこそこ賑わっている。そのコンビニの灯りに照らされながら俺は可南の手を握ってやっていた。
さっきまで普通に話してたのに、急にこいつの顔色が悪くなって寒がり始めたんだから仕方がない。こんな目立つ所で何をやってるんだと妙に冷静な自分が脳内でツッコミを入れてくるがスルーしている。
段々と俺の熱が移って、二つの手のひらが温まる頃には可南も落ち着き、ぽつぽつと話し始めた。
「昔俺を庇って事故で亡くなった子がいてさ。お前とタイプが似てるんだ。俺はその子とお前を重ねて見てる。……That's why I'm...I'm scared to death that……the same thing will happen. Isn't it funny too timid?(だからお前も同じ事になりそうで怖くてたまらない。臆病過ぎて笑えるだろ)」
「ふーん、別におかしかねぇよ。でも初耳だな、それ。そんなダチいたんだ?」
「ついこの前まで無理やり忘れてて……最近思いだした」
「そんな事あんのか? んで、そのダチのっていつ頃の話?」
「小4かな」
「なんだ、じゃ問題ねーじゃん!」
「何で?」
「だって高校の時点ですでにカナは人に助けられるより助ける側じゃねぇか。自分がいくつになったと思ってんだ? ガキの頃と同じ結果になんかなるか! むしろ自分の心配でもしてろっつーの、しおらしいこと言ってんじゃねぇよアホが!」
俺が怒涛のごとくまくし立てると、可南は珍しく気圧されて目をパチパチしながら言葉に詰まっていた。俺がこいつに初めて口で勝った瞬間だった。
「万一な?俺がヤバくなったとしても今のカナなら何とか出来んだろ。同じ事になるわけねぇ。俺はそう信じてる」
可南の瞳を正面から見ていたらみるみるうちに膜が張り、ひと粒ふた粒と雫がこぼれ落ちる。
「苦しい」そう声が聞こえた気がした。今にも爆ぜてしまいそうな程、奴の中は澱で一杯なんだと思った。
俺が、やらなきゃいけない事がここにある。俺以上にこの役に適任なやつなんか居ない。胸の奥から懐かしい高揚感が湧き出していた。
人通りも灯りも少ないコンビニの端の方に無理矢理移動して、俺を馬鹿だなんだと呟くそいつの顔を挑発するように下から覗き込んだ。
「もっしも~し♪ で? 何とか出来るの出来ないのぉ? 信じてもいいかな? いいともー!ってか?」
「うるさい! お前はどこまで馬鹿なんだ出来るに決まってる!大事なものは俺のやり方で守る、そう決めているしずっとそうして来た!」
少しつついただけで、出口を見つけたとばかりに澱は奴の言葉となって次々と溢れ出た。
「へぇ! 俺にやってるみたいに自分勝手に人を避けて突き放して、目をそらすのが守ること?? ははっ、笑わせんな!」
「それだけじゃない! お前に、何が分かる? 俺のせいで……お前は何も知らないくせに! 昨日今日会ったお前なんかに俺の何が……もう黙れよ帰れ!!」
胸ぐらを掴みに来た奴の両手を引きはがし、逆に拘束すると俺を見上げ睨んできた。瞳からは絶えず涙が伝っているのも気にせず可南は吠えてくる。ここまで感情をむき出しにして、こいつが俺の煽りに乗って来たのは初めてだった。
「カナのことなんて分かるさ、二年も隣に居た。怖いのは失くす事なんだろ? 目を逸らしてたって失くす時は失くす。じゃあどうすりゃいい? その優秀な頭でちゃんと考えろ! いつまでも逃げてんじゃねぇよ!!」
ヒュッ!と何かが俺の視界の左端に移動した。
直後、俺の手から逃れた奴の右手が向かって来るのが見えて反射的に受け流そうとしたが思いとどまる。
──パンッ!
端から俺に止められると思っていたのか、平手打ちが俺の頬にキマった瞬間、可南は心底驚いた顔をした。役目を終えて固まっていた奴の右手を俺は再び捕まえる。
「何だ今の、虫でも止まったかと思ったわ。ろくに喧嘩もしたことねぇくせに!」
「うるさい黙れ!」
「そんなに頭が沸騰してりゃ考えごとなんてむ~りむり! 一緒に考えてあげまちゅか~?」
「……」
刺すように俺を睨んでいた瞳が足元に行き、小さく左右に揺れる。荒くなっていた息が落ち着いてきた頃、可南は再び視線を俺に戻して言った。
「俺が……最善の手を打てばいい」
「な? 今のお前にはそれが出来る。問題ねぇじゃん。それに、お前がヤベー時は俺が守る側になってやるよ。俺だってバカなままじゃなかったろ? 何も怖くねぇ」
「……」
「それともぉ? やっぱ出来ないぃ~、人と居んのこわ~ぁい♪ とか言っちゃうのかな? カナちゃん♪」
俺に捕まっている可南の手は、ギリギリと拳を握っていたが振り解こうとはして来なかった。小ぶりな頭がうなだれて、肩からサラリと滑り降りた金髪が揺れている。
「いい加減その無駄口を止めろうるさい! 出来るって言ったろ! 出来る……くっそ何でお前なんかに……何でいつもお前はそうやって……!」
相変わらず拭われることの無い涙は、ポロポロ落ちてアスファルトに消えていく。怒りのピークは過ぎたのか言葉の勢いは少しずつ収まってきていた。
「誰に向かってそんな口……誰にっ、くそっ!」
そろそろ頃合いかと思い、俺は少し前かがみになると可南の耳もとに言葉を落とす。もうなるべく刺激しないように気をつけたら、自分でも驚くほど優しい声が出た。
「俺はずっとカナに言ってる。お前は……誰に言ってる?」
たっぷり三回分そいつの呼吸を数え、四回目を数え始めた時。ようやくそれは聞こえた。
「……ナに、」
吐息にかき消されそうなくらい小さな声。でも、俺の耳は待ち望んでいたその言葉を拾った。
余韻を消したくなくて、内緒話をするような囁きで聞き返す。
「ん? もう一回、ちゃんと」
次は呼吸一回分の間が空いた。
「……ヤナ、に」
「うん」
「ヤナに、言ってるんだ離せこのっ! ………ううっ」
俺の拘束を振りほどこうと上半身をひねり力を入れてくるが押さえ込むのは簡単だった。
数十分の大捕物の後、さらに散々わめき散らした体はすでに疲労困憊のようで、この手を離したら膝から崩れ落ちそうな気配さえしていた。
赤味を増した瞳からボロボロと流れ続ける雫。感情にまかせ取り乱す姿も、俺の名を呼ぶ懐かしい声も、俺はなぜか死ぬほど嬉しくて、またキレられるのが分かっていたけどつい……この腕の中に強く抱きしめてしまった。




