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57話 明けない夜

 身体がビクリとして目が覚めた。

 いやな動悸と冷汗、周囲を確認して可南はここが自分の部屋だと分かった。部屋の中に自分以外の人の気配を感じ、起き上がってベッドの下を見ると床の簡易エアベッドでは龍が寝息を立てていた。


 昨夜泊めたことを思い出し、さっきまで見ていた惨状はただの夢だったと安堵する。

 起きるには早すぎる時間に少し思案して、可南は龍を起こさないよう注意しながらそっとリビングへ出た。


◆◇◆◇


 普通なら20年も経てば記憶は薄れ、どんな傷でも多少は癒える。

 しかし、受け止めることを先送りにしてしまった過去は、瞼を閉じれば昨日のことと変わらない鮮明さで再現される。時に登場人物は今関わりのある人達にすり替わり、恐怖を伴って現在を侵食していく。


 知り、受け止め、超える事はすべて別のフェーズにあり一繋ぎに解決なんかしなかった。


 夢の中で無意識が「もう繰り返すな」と警告を送って来るたびに、今日のように恐怖と後悔で跳ね起きる。対象が挿げ替えられ、人がただの肉塊として転がるリアル過ぎる映像を思い出し、再び震え出すこの手にも、自らの深層心理に付け込まれてしまう心にも、何か見えない枷が付いているようだった。


 慣れた動作で棚から出したウォッカをグラスに入れ、申し訳程度に水で薄める。眠剤を5〜6錠口に入れ、グラスの中身を飲み干した。良くはないと分かっていても眠れないデメリットの方がよほど大きいので、多少の無茶をしても眠れる方を選ぶ毎日。

 きっと篤史が知れば鬼の形相で説教をしてくるんだろうと思うと、申し訳なくもあり可笑しくもあった。


 それでも以前のように負の感情に飲まれなくなっただけ楽だった。過去の記憶を取り戻して以来、もう彼女の声の幻聴も聞こえなくなり過呼吸に陥ることも無くなっていた。


 色々と考えにふけってると、重くなる瞼と平行感覚が麻痺してきた身体が夜の終わりを告げてくる。

 再び寝室に出入りすると龍を起こしてしまう可能性があるので、このままソファで寝ればいいと可南は開き直りスマホを操作する。そのうち座位を保てなくなり思考と四肢の制御も出来なくなって、その暴力的な眠気にすべてを委ねた。


◆◇◆◇


 カーテンの向こうが朝日でぼんやりと明るくなってきた頃、龍がもぞもぞと動き出し枕元のスマホを手に取った。


(4時……早)


 部屋がうっすら明るいのが分かったが、起きるにはまだ早い。ふと可南のベッドの方を見上げると掛け布団がめくられているのが目に入った。


 もう起きたか、用でも足しているのだろうと思い龍は二度寝に入ろうとした。

 しかし、一向にドアの向こうに人の動く気配が感じられず、不安になってリビングへ確認に向かう。


リビングに出るとすぐ、ソファーで寝ている可南を見つけひとまずホッとする。

 寝室から掛け布団を取ってきてかけてやろうと近寄ると、その人から昨夜は飲んでいないはずのアルコールの匂いがした。


 4升~5升飲めば話は別だが、基本的にこの人が酒だけで潰れることはない。ということは、夜中の内にまた眠ることに苦戦して無茶をしたということ。


「前よかマシとはいえそんな簡単に……右から左ってわけにはいかんもんですねぇ。俺が一緒におっても……貴方は、何も──」


 自嘲気味な思考に陥りそうになって、ふと以前可南に言ったことを思い出す。「もう引き下がらない」確かに自分はそう言った。


 今がその時じゃないのか。

 支えたい、寄り添いたい、向こうから言ってこないならこっちから聞けばいい。龍はそう腹に決めて短く息を吐いく。

 眼下のその人は未だ起きる気配がない。龍はソファーの横に膝をつくと、眠る可南をジッと見つめた。


(起きたら、ちゃんと聞く……)


 鳥のさえずりと、時おり通る車のエンジン音。一瞬全ての音が遠ざかり、二人の息遣いだけが静かに響く。

 まるで二人だけの世界、そう錯覚しそうになる。


 可南の額にかかる前髪をそっと指ですくい後ろに流して、現れた瞼にそっと唇を落とした。


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