【番外編】合鍵の期待 2
「いくら直帰とはいえ……本当にいいんですか?こんな所に寄って」
後部座席をチラチラと確認してくる龍に、可南は悪びれもせず笑った。
「仕事も早めに終わったし、俺がいいって言ったらいい。これは社内秘でね。龍さん」
「貴方がそれを言う立場じゃないでしょう」
「ちょっと見るだけだから! ひとりは味気ないし入場料出すから付き合ってお願い!」
「入るのは別に構いませんけど……」
「さすが龍さん! 本当にいい男は懐の深さが違うよね~!」
さっきまで現場で完璧な管理職として振る舞っていた人とはまるで別人の、可南のはしゃぎように龍は小さく笑って車をパーキングへ滑り込ませた。
今日は本来、龍と渡辺の二人で相手先へ向かう予定だった。当日になって渡辺に別件が入り、代わりに同行したのが可南だった。
作業は順調に終わり、先ほど相手先から帰路についた……はずであった。
あの看板を見るまでは。
◆◇◆◇
《10分前》
──期間限定特別展示
ゆらめく海月、知られざる生命。
クラゲの不思議を、もっと近くで──
車の後部座席に座り、窓の外を眺めていた可南が駅前を通りがかった時「あ!」と声を上げた。
可南のクラゲ好きを知っていて、さっきの看板も目にしていた龍は、嫌な予感を抱きつつ「どうしましたか」とバックミラー越しに尋ねた。
そこからはもう、龍が口を挟む隙はなかった。
可南による怒涛のクラゲの生態講座が始まり、合間に道を誘導され、気づけばとある複合商業施設へと辿り着いていた。
そして先ほどの「お願い」である。
正直この『お願い』は龍にとって嬉しくもあった。仕事終わりで二人きり、薄暗い水族館とくればムクムクと頭をもたげる下心。
それをポーカーフェイスの下に隠しながら、可南の後ろに続き入館口へと向かうのだった。
◆◇◆◇
展示開始直後とあって、新展示エリアは人で賑わっていたが、可南は大分長い間水槽の前でクラゲに見入っていた。
龍も何年振りかの水族館で、いい息抜きになるなと思いながら歩いていると、大量のぬいぐるみやグッズの並ぶ土産物ショップを見つける。
合流してきた可南と二人で中を見ていると、可南がふと足を止め小さなクラゲのキーホルダーを手に取った。透き通ったパーツを指先で揺らして眺めている横顔に、龍はそっと視線を送る。
「その二匹、買うんですか?」
「うーん、でもこれニコイチなんだよ。知ってる? 二匹ペアなの。俺は付けたとしてもキーケースに一匹だから、もう一匹は家に置くでしょ? そしたら離れ離れで気の毒で」
「……ほしたら、いい場所が出来るまで片方を俺が預かりますか? ここに仮住まいってことで、どうです?」
龍がポケットから黒い革のキーケースを取り出してみせると、可南は少し首をかしげてそれを見上げた。
「龍さんが片方預かったらそれこそ二匹バラバラじゃない?」
「可南さんは家と会社、どっちにいる時間が長いですか」
「会社」
「そこに俺もずっと居るんですから、家に置くより離れてませんよ」
「……確かに。でもいいの? 龍さんこういうのつけても邪魔じゃない人?」
龍はキーケースのリングを指で軽くなぞり、まっすぐ可南を見返した。
「邪魔に思うなら提案しません」
「じゃ、お願いしようかな。買って来る」
可南はニコニコと満足そうな顔で、足早にレジへと向かっていった。
◆◇◆◇
「龍さんはこのネイビーのコアが入ってる方が似合うかな。俺はボルドーの方ね。
……あ!これ今気づいたけど、俺たちの目と同じ色だ」
レジを済ませた可南は、手のひらに二つのキーホルダーを並べた。
「コアって言われるとMOBの弱点みたいっすね」
「じゃあ……臓器? いや、位置的に脳かな」
「や、言い方。それはそれでちょっと」
可南の微妙な言葉のチョイスに苦笑しながら、龍は青いクラゲを受け取った。
◆◇◆◇
館内をざっと一周すると、可南は再びクラゲの水槽へ戻りピタリと張り付いた。龍は今のうちに二人分の飲み物を買っておこうと自動販売機へ向かう。
途中、黒いキーケースをポケットから取り出して、先ほどからここに仮住まいを始めた青いクラゲを見つめた。シャラシャラと揺れる触手が照明を反射して光っている。
可南はニコイチの単語は知っていても、それがキーホルダーになっている意味は知らないようだった。
友達やカップルで片方ずつ持って「二人は一つ」「いつでも一緒」といった感覚を共有するものなのだが、彼はただ、二匹を引き離すのが気の毒だと言った。
「不思議な感性よなぁ……こんな物にまで共感、共感とは違うか? 生きてないしなぁ」
しかし、その感性のおかげで揃いのアイテムを堂々と持つことが出来るのだから悪くない。キーケースを開けると、中には自宅の鍵と先日預かった可南の家の鍵が並んでいた。
(同じ家の鍵に、揃いのキーホルダー……これだけ見ればまるで同棲してる仲みたいな──)
頬が緩みかけたことに気づいて、龍はキーケースを閉じる。鍵は仕事の都合で、キーホルダーはクラゲの都合で一時的に預かっているだけ。
いつかどこかで返すことになる、短い夢みたいなものだと自分に言い聞かせる。
けれど、本音を言うなら……このまま、
「仮住まいじゃなく……ずっとそこにおったら」
小さなクラゲはその言葉を受け流すように、相変わらずシャラシャラと揺れていた。
龍はその頭部を指先で軽く弾くと、キーケースをポケットへ滑り込ませた。




