6話 秘匿の器(桐生視点)
湿気った路地の香りがする。
連日続いていた猛暑も一休みのようで、窓の外では久しぶりの雨が音を立てて降っていた。たまにはこういう日もないと、身も心も干からびてしまう。
(……何か変だな)
桐生はさっきから小さな違和感を覚えていた。
今日は旭を交えてチーム全体でオンラインミーティングを行っているのだが、どうも先程から旭の返答が妙だった。まず返事がたまに一拍遅れる。そしていつもなら「ここ、具体的にはどうするの?」など鋭い質問攻めでこちらを困らせてくるはずの場面でも、今の旭はただ淡々と機械的に進行役をこなすだけなのだ。
(僕だけがそう感じている? ただの気のせいか……?)
あんなに気を張って臨んだ打ち合わせは、拍子抜けするほどあっけなく終わった。
旭が一番にルームから退出したので、桐生はこの違和感について試しに他のメンバーにそれとなく聞いてみた。しかし誰も何も不審に思わなかったらしく、ただ「無事に打ち合わせが終わって良かったですね」と安堵の声を上げるだけだった。
(やっぱり気のせいだな。まぁあの人だって機械じゃないんだ、疲れてる時くらいあるだろう)
先程より強まった雨音をなんとなく聞きながら、桐生は次のタスクに取り掛かろうとデスクに向かったが、ふとスマホを手に取った。そして、締め切りを間近に控えている案件はなかったかを確認する。
旭は上司であり、旧知の友人でもある。たまに危なっかしい世話の焼ける彼を見ていると、弟のように思えてしまう瞬間がある。
(これは、ちょっと甘やかし過ぎだろうか)
口元に自嘲気味の苦笑を浮かべながら、桐生は画面をタップして旭に一言メッセージを送った。
『僕が出来そうな案件あれば、少しなら回してもらって大丈夫ですよ』
――いつもはすぐに返ってくる返事は、その日返ってくることはなかった。




