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変わらない明日を君と  作者: 夏露
第一章
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5話 花火に提灯 後編

合流後、いよいよ始まった花火は、さすがに国内屈指と言われるだけあって見事なものだった。


 あらかじめ場所取りをしていなかったため、一箇所に留まって見上げることはできなかったが、夜空を彩る圧倒的な光の大輪は歩きながらでも十分に五感を堪能させてくれる。


 けれど、終盤にもなると、次から次へと絶え間なく上がり続ける火花の芸術に全員の目も慣れてきてしまう。


「どこかゆっくり腰を落ち着けて話せる場所はないか」と、今度は軒並み満席の店を片っ端から探し始める始末だった。


 何軒目かに覗いた居酒屋で、奇跡的に人数分の空席を見つける。それからは一同、祭りの熱気もどこへやらガッツリ二時間、美味い飯と賑やかな会話を堪能した。


「あ、もうこんな時間か」


 ふと壁の時計を見上げた篤史が、手元のグラスを置いて声を漏らす。楽しかった宴の終わりを告げる言葉に、可南も名残惜しそうに手首の時計に目をやった。


「そろそろ出ないと、宿に戻る時間が厳しくなるな」


「じゃあ、出ましょうか」


 食事のおかげか酒の効果か、すっかり元気を取り戻し頬を紅潮させた薫が、少し残念そうにしながらも皆を促すようにして席を立った。


◆◇◆◇


 駐車場へ向かう夜道、カラコロと下駄の音が静かに響く。

 先頭を歩くメンバーたちの会話が途切れたタイミングで、不意に龍が、少しだけ歩調を遅らせて可南の浴衣の裾を指先でわずかに引いた。


◆◇◆◇


(……?)


 不思議に思い可南が龍に目を向けると、彼は何か言いたげな顔をしていた。可南は何も言わずに、徐々に彼の歩度に合わせる。

 自分から仕掛けてきた割に、龍のほうは可南のこの対応に少し驚いたような顔をした。


 前を歩く連中との距離が少し開くと、あちらはあちらで別の会話をし始める。それを確認すると龍は控えめな声で話を切り出した。


「あの、さっきの話なんですけど」


「うん」


 可南は前を向いたまま先を促す。


「さっきは……貴方らしくない非現実的なことを考えてる、と言いましたけど。違いますよね。貴方にとって、あれは現実的なことで……本当に起こる可能性があるから考えてしまうんでしょう?」


 夜の静寂に彼の心地良いアルトの声が響く。可南は小さくため息を漏らした。思わず苦笑が唇に浮かぶ。


「本当に……何をやらせても出来が良すぎて扱いづらいなぁ、龍さんは」


 いつも通りの上司としての軽口。けれど龍は逃がしてはくれず、またさらに踏み込んできた。


「可能性があるという、その理由は何ですか?」


 強い意志を宿した彼の紺碧の瞳が、可南を真っ直ぐに捕らえて離さない。


 黒瀬龍、この男はいつもこうだった。誰に対しても本気で向き合って、気になる事があれば納得出来るまで諦めない。その真摯な姿勢に救われている人間が、ここにいる自分を含めてどれだけ多いことか。


(どうして、この男の前で話してしまったんだろう……)


 胸の奥で、ひんやりとした後悔が渦巻く。

 脳裏に明滅する、繰り返される地獄の記憶。ジクジクと燻り続ける傷。あの歪んだ紅い景色。もうずっと、それを『日常』としてきたのに。

 勘のいい男だから、悟られないようずっと気を付けていたはずだったのに。


 突如、後方から男の奇声が響いた。


 振り返ると、酒に酔って大声で騒ぎ立てている男たちの集団が目に入る。龍も隣で不快そうに眉を寄せている。

 祭りという非日常の空間は、人を狂わせ、普段なら絶対にしないような行動に走らせてしまう。


――そう。きっと、今こうして余計な事を漏らしそうになっている自分もその一人。


「この祭りの、提灯みたいなものだよ」


 龍がこちらへ向き直り、言葉の意味が分からずぽかんとした様子で可南を見た。しかしすぐにその表情は、続く言葉を待つ真摯なものへと変わる。


「花火でこんなに明るいのにここにあって、いっときだけ人と周囲の目に映る。そして何の意味もないまま祭りが終われば消えるだけ……その灯り一つ一つに、深い意味なんか無いんだよ」


 可南は、静かに夜空を見上げた。


「つまりは、ただの与太話なんだ。―――ごめんね」


 あの場を繋ぐためだけの会話に、それ以上の意味なんて無い。可南はそう言って話を無理やり切り上げようとした、したのだが、やはりこの男は食い下がってきた。躊躇のない力強い声が返ってくる。


「提灯は……また次の祭りにも引き継がれます。消えてなくなるわけじゃない」


 龍は真っ直ぐに可南を見据えて続ける。


「目に見えれば記憶にも残る。今ここに提灯があることにも、それが光ることにも、意味はあるでしょう?」


 話の表面をなぞるだけじゃない。人の言葉の真意を探り、その答えを用意しようとする。龍はそれができる人間だった。


 だから――。


 だから自分も、都合のいい夢を見てしまった。

 この男の前でなら、ただ在るだけの自分も赦されるのではないか、と。


(そんなはずは――ないのに)


 次の瞬間、弾けるような笑い声が周囲に響いた。


「ふっ、あははは! 本当に……そういうところだよ。龍さんのそういう所が、俺は好きだよ」


 可南は声を上げて、心底おかしそうに笑った。


「なっ!……え? ん? いや、そんなことを今聞きたいんじゃ……いや、聞きますけども、え?!」


『好き』というまさかの言葉の破壊力に、龍は完全に混乱に陥っていた。数秒前までの切実な雰囲気はどこへやら、ただでさえ筋肉質な身体をさらに硬くさせて、しどろもどろになっている。


 可南の楽しげな笑い声と、龍のただならぬ動揺は前を歩く三人にも伝わったらしい。先頭を歩いていた篤史が、不思議そうに足を止めて振り返った。


「? どうしたんです?」


「いや、ちょっとね。俺が龍さんを褒めちぎったら怒られちゃったの」


 先ほどまでとは打って変わって目を泳がせ、挙動不審になっている龍を見て、可南は悪戯っぽく口角を上げた。

 わいわいと寄ってきた他の面々も、あのポーカーフェイスな龍の珍しい取り乱しっぷりを物珍しそうに眺め始める。


「どんな状況ですかそれ。あ、本当だ、龍さん顔赤いっすね~。顔に出るの珍しい(笑)」


 茶目っ気のある瞳をキラキラさせて、薫がじぃっと龍の顔を覗き込む。


「……あ゛~~~! もういいっす!」


 とうとう恥ずさが限界を超えたのか、龍は頭をガシガシと掻きむしりながら明後日の方を向いてしまった。


「おぉ! なになに? なんて言われたんです? 可南さん、口だけは超一級ですもんね!」


 凪がここぞとばかりに面白がって飛び込んでくる。


「凪さん……俺の扱い(笑)。篤史さん、ちょっと言ってやって!」


 苦笑交じりに可南が助けを求めると、篤史は眼鏡をクッと押し上げ、至極真面目な顔で凪を窘めた。


「あのね、凪さん。そういうことは本人が居ないところで言うものだよ」


「いや、そういうことじゃないよね!?」


「えっ?」


「『えっ?』じゃなくて!」


 わざとらしくすっとんきょうな声をあげる篤史に、可南は思わず全力で突っ込んだ。周囲からどっと笑い声が弾ける。


――変わらぬ日常を皆に。

――それを妨げるものは、いらない。


 この温かな雰囲気に酔い、ほんの一瞬だけこぼしてしまった自分自身の弱さは、さっき例えにした意味のない提灯なんかよりもよっぽどタチが悪い。


 もう、同じ轍は絶対に踏まない。


 心の中でそう冷酷に決意を固め、可南は未だに顔を真っ赤にしている龍を見た。


 まだどこか納得がいかない様子の彼に向けて、可南はいつも通り、にこやかな笑みを浮かべてみせた。


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