46話 たどり着いた先
休憩室の窓から差し込む午後の光がスマホの画面に反射していた。龍がいつものように休憩室でニュースを流し読みしていると足音が近づいてきた。
「龍さん、見つかったよ例の。昨夜SMSでやり取りしたんだけど……これ、この辺から読んでみて」
穏やかな声に顔を上げると、篤史がスマホを差し出してきた。眼鏡の奥の切れ長な瞳はいつもと変わらず、でもどこか、確信めいた力強さに満ちていた。
龍はスマホを受け取り、画面を見た。
そこには、小学生だった頃の可南を知る人物と、篤史が交わしたSMSの履歴が表示されていた。
『どんな子でしたか』『友達は多かったですか』『何か印象に残っている出来事はありませんでしたか』
篤史が問いを重ね、そのたびに相手が記憶を手繰り寄せるように答えている。画面を指先でゆっくりスクロールしながら読み進めるが、この頃の可南には体調不良等の変わった様子は見られない。
むしろ提供された情報から浮かび上がる可南は、年相応に子どもらしい毎日を送っていた。遊びでは自然と中心になって皆を引っ張り、活発で仕切り屋。この頃からやっていることが変わっていないんだなと分かり、龍の口元が思わず緩んだ。
けれど、その穏やかな空気はスクロールする指先の動きとともに途切れた。
篤史が『クラスで印象に残っている出来事はありませんでしたか』と尋ねた、そのすぐ下の返信を見た瞬間、龍の指先がぴたりと止まる。
『あとは、ちょっと暗い話題なんですけど女子が一人下校中に事故で亡くなって、クラスで告別式に行きました。あ、そういえば明るい話題の追加で、担任の先生が産休に入る時にクラスでパーティを──』
龍は黙って顔を上げた。
篤史はその視線を受け止め、小さく頷く。
「その事故、僕も気になって詳しく聞いたんだ。もうちょっと下も読んでみて」
篤史に促され、龍は再び画面をゆっくりとスクロールしていった。
『事故の時期ですか? 詳しく覚えてないんですけど、運動会の後で夏休みの前だから6月か7月だったと思います。友達の名前は漢字が分からないのでひらがなですみません。西村あかりさんです。旭君とも結構話してましたよ』
「……どう?」
「6月だとしたら……梅雨の季節ですよね。これ気になりますねぇ。それに」
そこで言葉を切って龍は画面を見つめたまま黙り込む。
やがて、頭の中で情報を一つずつ繋ぎ合わせるように視線を不規則に巡らせると、組み上がった答えを確かめるような口調で続けた。
「可南さんが転校したのは9月。この会話をザッとを見る限り、もとの学校のご友人は、可南さんの体質について特に気になることはなかったと言ってます。でも転校先の学校では……幼馴染の秋葉さんは、可南さんのこと、『転校して来た当初から気圧変化でよく体調を崩す子』だったって言ってたんすよ」
実際のところ、同級生の死という事実だけではまだ何も分からない。それでも、その出来事を境に可南の中で何かが変わってしまったのではないかという予感だけは、二人の中で膨らんでいた。
可南が雨音に過剰に反応する理由。息もできなくなるほどの罪悪感と嫌悪感に飲まれる、その原因。
きっとこの事故と何か関係がある。
「ちょっと遠いけど、家の大体の地区は教えてもらったから日にち決めて行ってみない? 何か分かるかもしれないよ」
「はい。車は俺が出します」
龍は迷うことなく答えた。
肝心な時に動けずに、今まで嫌というほど醜態を晒してきた。引き下がらないだけでなく、動かなければ何も変わらない。
何かしたいと可南に言った以上、立ち止まる選択肢はもう龍にはなかった。
龍と篤史は短く視線を交わす。それだけで十分だった。
休憩室には再び静けさが戻り、エアコンの微かな駆動音だけが、穏やかな午後の空気を揺らしていた。




