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変わらない明日を君と  作者: 夏露
第一章
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24話 届かない特等席

 やんわりとした日差しが差し込む昼過ぎの休憩室は、少しだけ人の出入りが落ち着いている。


 黒瀬龍は、珍しく一人でソファに腰掛けている旭可南の姿を見つけて声をかけた。


「お疲れ様です。……?」


 いつもとは違ったその人の雰囲気に少し首をひねる。可南は視線だけを龍に向けると、片手をスッと上げて“止まれ”のジェスチャーをして、静かに首を横に振った。今は話しかけるな、という明確な合図だ。


 その意味を正しく受け取った龍は、軽く会釈を返す。それ以上は近寄らず少し離れた自動販売機へと向かい、同僚と雑談を始めた。

 しばらく他愛のない会話をしながらも、龍の視線は無意識に可南の方へと向いてしまう。


 するとそこへ桐生篤史が須藤凪を伴って現れた。篤史は凪をその場に残し、一人で可南のもとへと歩み寄って何かを話し始める。


(篤史さんに用事か……ん? 渡部さんも来たな。 あぁ、リーダーのアレか)


 篤史に続いて可南のもとへ集まってきた数人の顔ぶれを見て、龍は合点がいった。そこにいたのは全員各部のチームリーダーだ。

 一見すれば、コーヒー片手にただ雑談を交わしているようにしか見えない。しかし、ここで今から始まるのは、事実上の即興コンペだった。


 可南が提示する突発的な要望や課題に対して、どのチームの企画立案が採用され、誰がその案件を任されるのか。インセンティブ制度が導入されているうちの企業において、こうした場での成果はダイレクトに評価と給料に上乗せされる。


 一大プロジェクトというほど大掛かりではないため、1チームが数件の案件を同時に掛け持ちしていることも珍しくない。

 そのため、タスクの急増に凪がたまに裏でボヤいていたりする。つまりそれは、彼の所属するチームのリーダー、篤史の案の採用率が異常に高いということでもあった。


 通常業務と並行しながら篤史はそのすべての進捗を把握し、適材適所へ業務を振り分けているのだから恐ろしい。さらに、その各リーダーからの進捗をすべて管理統括している可南のタスクマネジメント能力も尋常なレベルではない。


 篤史はもともと可南の個人的な知り合いで、他社でトッププレイヤーとして走っていたのを、可南が直接口説き落としてこの会社に引き入れたのだと聞いたことがある。

 それほどまでに手腕を買われており、実際こうして日々、圧倒的な『出来の違い』を見せつけられている。


 龍の胸の奥に、どうやったって追いつけないという仄暗い劣等感が燻る。


 同僚と会話を続けながらも龍が耳を澄ませていると、遠くから「早速午後一で取り掛かります」というハキハキとした声が聞こえてきた。今回はうちの部、品質保証部の朝霧の案が採用されたようだった。島違いだからこちらのタスクに影響はない。


 その光景を見届けると、龍は篤史が選ばれなかったことになぜかほんの少しだけホッとして、小さな吐息と共に休憩室をあとにしたのだった。


◆◇◆◇


「篤史さん、なんかまた不穏な話されてませんでした?」


 他のリーダーたちが解散したのを見計らって、休憩室の隅にいた凪が眉間にシワを寄せながら篤史ににじり寄った。


「というか何です? あの部を超えた無茶振りは。誰一人難しいって言って止めないし、雑談であんな事決めるんですか?」


 眼鏡の奥の瞳を和やかに細め、篤史は息巻く凪をなだめるように微笑んだ。


「凪さん、さっき居たメンツ覚えてる? ああいう時の雑談は、雑談っていう名の『簡易的な要件定義』なんだよ。可南さんは突飛な提案に対して、『どうすれば実現可能か』っていう多角的な視点からのアイデアを聞きたいんだ」


「実現可能……」


「そう。『リソースが足りないから出来ません』とか、『他社のシステム買えばいいんじゃないですか』とか、出来ない理由や他人事みたいな意見は求められてない。各々、その場で実行可能な代替案を出さなきゃね」


「で、でも……出来ないことでもですか?」


「それが微妙なさじ加減で上手いんだよねー……」


篤史は感心したように、先程まで可南のいた方へ視線を向けた。


「確かにタスクは増えるし、調べなきゃいけないこともあって手間だけど、『致命的な無理ではない』範囲なんだよ。面白いよね。必要なら可南さんのフォローもあるし、外部の委託先とも交渉を取り持ってくれるから。


 でも、うちの各部署の連携がスムーズなのは、こういうやり方のおかげもあると思うよ。各部のリーダーが一旦は皆同じ話を聞いてるし検討してる。だから話が通るのも早い。ただ、急に声がかかるからいつでも気が抜けないのがね」


「たまに唐突に湧く案件は、ここから来てるんですね……。聞いただけでも大変そうです。やりがいはあるでしょうけど」


「そうだね。主体性やアイデンティティの浅い人には荷が重いかな。でも、そういう人をここは採用していない。凪さんだっていずれ色々任されるようになるよ。期待してるって、よく言ってるから」


「だ、誰がですか? 僕に?」


「可南さんが。直接言われることもあるでしょ?」


「ありますけど……いつもどストレート過ぎて。あれ本気なんですか?」


 凪の整った顔がみるみるうちに赤くなっていく。こういう表情はまだまだ若さと可愛げのある学生のようだと篤史は密かに思う。

 彼は気恥ずかしさを隠すように口元を手で覆い、小さく笑った。


「……ふふふ、あの人クサいセリフを平然と言いますけど、ああいうの本気なんですね」


「凪さんは意外と斜に構えるね。褒め言葉くらい素直に聞いておいたらいいよ」


「そうします。まずは期待されてる分は、しっかりしないとですね!」


「うん。じゃあ、進捗報告から」


 急に仕事のトーンに戻った篤史の言葉に、凪は一拍遅れて返事を返す。


「……え、っと、染井さんを先に……僕は後でいいので」


「進 捗 報 告 は?」


 篤史はこれ以上ないほど綺麗に整えられた笑みを浮かべ一言一句をゆっくり凪に投げかけた。


「……はい」


 凪は諦めたように肩を落とし、手元の資料を開くのだった。


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