【幕間】夜の戯れ
「そのままいって下さい」
静まり返った薄暗い部屋で、龍は可南に囁いた。チカチカとした青白いテレビの光が時折二人を照らしている。
「無理。もういけない……だって」
「だって?」
「怖い」
いつもならクライアントの無理難題にも、同業者の難癖にも、突発的なアクシデントにさえ動じないその人が、今はひどく不安げな表情で声を震わせている。
「俺が居るのに怖いんですか? ちゃんと見ててあげますから」
「でも……これ以上いったら……俺、怖い、嫌だ」
「ここで止めますか?」
「それも嫌だ……手伝って」
懇願するような薄紅色の瞳に見つめられ、龍は小さく吐息を漏らした。
「いいんですか? じゃあ……奥に」
「あ、やっぱり待って! 心の準備が」
「もう待たない」
「……!」
可南は息を呑んだ。大きな身体が覆いかぶさるようにやって来て——
◆◇◆◇
「待って倒れる! 乗ってくるな……あ! 今スティック押したでしょ! 奥行っちゃったじゃん、ドア開いたし血が床に滴ってたの見えなかったの!? フラグ立ってたのに!」
可南は半分押し倒されるような姿勢で、悲鳴にも似た声を上げた。死守しようと握りしめていたゲームのコントローラは完全に龍に奪われている。
そう、二人は今話題のホラーゲーム攻略中。目の前のテレビに映し出されていたのは、不気味な洋館のゲーム画面だった。
「手伝えっていうから押したんすよ!? たかがこんな廊下通過するのに何分かかってるんですか、さっさとセーブポイント行かないと進みませんて! あと2つチャプター進めるんでしょう?」
ソファに座り直し、いつになくムキになった龍は少し早口でまくし立てて「早くやれ」とばかりにコントローラーを可南に手渡した。
「今渡されても、待って!!ほら湧いたじゃん! クリーチャーめっちゃ湧いてる無理無理!」
「あぁもうコントローラー貸して! 何でそんな怖がりなのに毎回ホラー系やるんすか! もう……はい、進めて」
流れるようなスティック捌きとボタン連打で、あっという間に画面内の敵を全滅させた龍は、コントローラーを再び可南に手渡した。
「こういうのストーリーが気になっちゃって。さすが殲滅のプロ……もう敵出ない?」
まだまだ安心しきれない、といった様子で小首を傾げて人の顔を覗き込んでくる可南に、龍はジト目を向け一文字ずつ区切るように言った。
「早 く 行 っ て 下 さ い」
「はい。……ねぇ、奥の部屋音しない?怖い」
「はぁ……本当進まないっすね。じゃあこうして、手でも添えますか?」
あまりにも進展のない状況に半ば投げやりな気持ちになった龍は、大げさに背後から可南抱き寄せる。そして彼がコントローラを持つ左手に自分の左手を重ねた。
これだけ過保護にされれば悔しさや、負けん気が出てやる気に繋がるかと思いきや、可南は迷うことなく頷いた。
「ん、うん、そのまま左スティックやって」
「えっ?な……本当にこのまま? ちょっと近……えっと、やりづらいでしょう?」
一時の煽りのつもりで自分から密着してしまった龍は、強面な外見に似合わず顔を一気に赤くしてあからさまに狼狽えていた。しかし、当の可南は画面に集中していてその変化には気づかなかった。それどころか、
「ううん、前進は任せた。これなら最後まで行ける!」
「行けるて…行くの俺ですよね?これで戦闘も俺がやったら俺がクリアしたことになりません?」
「大丈夫!メインでコントローラー持ってるの俺だし俺がやったも同然だ」
「貴方がいいならいいですけど……じゃあ時間もないんでガンガン進めますよ」
「うん。目瞑ってもいい?」
「駄目です。せめて画面見て探索補助とファイル読むくらいして下さい」
「う……はい」
密着した体温の温かさと切なさを感じながら、グロテクスでバイオレンスな視覚情報に翻弄される龍と、実はしれっと目をつぶり無敵になった気分の可南。
温度差のひどい二人の共同作業は、あともう数時間続くのであった。




