22話 花飾り
【旭可南 視点】
季節はちょうど、桜が散り始めた頃だった。柔らかい風が時折花びらを連れて吹き抜ける。
外で昼食をとるには絶好の日和だ。
会社近くの広場には遊歩道やベンチもあり、天気がいい日の昼休みにはこうして散歩をする人の姿もちらほらと見られる。
「龍さんは桜が間近で見られていいなぁ、枝がすぐ目の前でしょ。俺が花をよく見ようと思ったら肩車でもしてもらわないと遠くて」
自分の歩幅に合わせて歩く、隣の大きな男を見上げ俺はクスクスと笑った。すると彼は無骨な見た目に似合わない柔らかな声を上げた。
「ははっ、さすがにそんな訳ないでしょう。幼児じゃないんですから。俺くらいあると逆に枝にぶつかったりしますし、額切れますから危ないっすよ」
「ええ? そんな漫画みたいなことある?」
「あります。あれは目の前に花火みたいな閃光が一瞬バシッと光って」
「うわぁ、痛そう」
「痛いなんてもんじゃ……何事も程々が一番ですよ」
ちょうど空いていたベンチを見つけ二人で座ろうとすると、龍はベンチの上に散っていた桜を素早く払ってから俺に座るように促した。
こういう気遣いも、二人の時の饒舌さも普段通りで俺は安堵していた。
数日前の、あの苦しげな表情で手を払ってきた様子がどうしても気になって、この昼休みに外へ連れ出したのだが、今のところあの時のような雰囲気は感じない。
「……何か?」
あまりにじっと見つめ過ぎたせいか、龍が不思議そうにこちらを覗き込んできた。
「いや、この前様子が違ったからどうしたかと思ってたけど……解決したみたいで良かった」
「あぁ……あれは、ええ。まぁ」
なぜかばつが悪そうに視線を泳がせるので、俺はあえて悪戯っぽく下からグッと顔を覗き込んでみる。彼は驚いてわずかに身を引いたが、すぐに何かに気づいたようで目を細めた。
「あ……さっき花が遠いって言ってましたけど、そんなことないみたいですよ? だってほら、ここに」
そう言いながら、彼は少し身を乗り出して俺の頭の上に手を伸ばした。
「貴方の所には、桜の方から顔を見せに来るんですね。そんなに見上げないで、待ってるのもいいんじゃないですか?」
彼が微笑みながら見せてきたのは、俺の髪についていたらしい桜の花が3輪ほどくっついた花柄だった。
「……本当だ」
選ぶ言葉もただただ優しい。こういう細やかな気遣いを常に周囲にしているような男だからこそ、先日の取り乱したような言動が異質すぎて気になってしまう。
「ありがとう。俺もそうだけど、龍さんのそういう優しさに助けられてる人はたくさんいる」
俺は歩き出しながら、日頃思っていたことを口にした。
「たまにはちゃんと周りにも助けてもらうといい。もちろん俺で良ければ俺でも。きっと頼られれば相手も喜ぶ。それで嫌な顔する奴なんかウチにはいないよ。……年末以外ならね」
「……そう、ですね。分かってます。年末は、あの中で誰かに声かけるのは気が引けますねぇ」
「んー、あの時期だけはなぁ。じゃ、そろそろ戻ろうか」
「それ、持って帰るんですか?」
俺が桜をポケットに差し込んでいるのを見て、龍が不思議そうに聞いてくる。
「わざわざ俺に謁見しに来るなんて見どころのある桜だ。今日の午後のラッキーアイテムに任命した」
「いいですねぇ、髪にさしましょうか」
「それは遠慮する」
「……似合いますよ?」
「似合っても嬉しくないから。ほら行こう!」
子供っぽいやり取りに少し気恥ずかしくなり、俺が立ち上がって歩き出すと、龍はベンチの端に再び舞い散っていた桜を払い落とし綺麗にしてから立ち上がる。
(次に座る人のため……?本当に誰にでも、何にでも気を遣える男なんだな)
俺は素直に感心して、ジャケットやフラップを整えながらやって来た彼と並び会社への道を歩き始めたのだった。
【黒瀬龍 視点】
公園を出て、そろそろ遠目にオフィスのあるビルが見え始めるかという頃。
可南の後ろを一歩下がって歩いていた俺は、ついさっき自分のポケットに忍ばせた『もう一つの桜の花柄』をこっそり取り出した。
前を歩く細身な背中を見つめ、息を殺しつつそっと手を伸ばす。
「龍さん!? 今花つけたでしょ!気配で分かるよ」
花柄を頭に乗せたとたん、可南がピクリと肩を揺らして振り返った。
「ふっ、鋭いですねぇ。……やっぱり髪色とも合って似合いますね。綺麗ですよ。ほら、内カメで映せばご自分でも見えますか?」
俺はスマホを取り出し、インカメラで撮影しながら画面を可南の前にかざしてやった。画面に映る自分の頭を見て、可南は少し頬を染める。
「見えた、恥ずかしい。もー……綺麗って、龍さんは俺を口説いてんの? 会社着く前には取ってよ」
「……貴方を」
思わず滑り出そうになった言葉を、慌てて引っ込め笑顔でごまかす。
「あぁ、はいはい。ちゃんと取りますって」
「龍さんの背が高すぎて同じ仕返し出来ないから、何かいい悪戯無いかな。例えばスマホを借りてさりげなく壁紙を毛虫の画像にするとかクリップをジャケットに……」
頬をほんのり染めたまま、可南は小さな声で何やらブツブツと呟き始めた。
「それ俺に丸聞こえですけど良いんです?」
「……」
可南はゆるゆると振り返ると静止画のように固まった。それからくるっと前を向くと、今度は黙ったまま早足で歩き出した。
──貴方を口説いてるって言ったら、どうしますか?
のみ込んだ言葉はゆっくりと胸の奥に沈んでいく。答えを聞きたくて、聞きたくなくて。
口にしてしまえば戻れない。この関係が変わりそうで怖かった。かと言って、ただの冗談だと誤魔化せるほど器用でもない俺は、その言葉を無かったことにした。
春の日に透けるゴールドの髪と、優しいペールピンクの桜が、この人を鮮やかな春色に彩っている。
今この瞬間、この美しい光景を俺だけが特等席で見ている。それがただ幸せで……たまらなく胸が詰まる。
この時間を失う可能性が僅かでもあるのなら、俺はまだこのままでいい。
手を伸ばせばいつでも触れられる、この距離に居られるのなら……もう少しだけ、このままで。




