21話 春雷と自惚れ 後編
──翌日。
昨日飲み込めなかったザラリとした違和感はどこへやら、オフィスのオープンスペースでは朝から快活な可南の声が響いていた。それに相槌を打つのは水野桜である。
「じゃあ日時を入れてもらって……結局日程は、平日の勤務時間内になったな。うん、いいね、完璧だよ桜! やっぱり桜に任せとけば間違いないな。A4で印刷してみて」
「勤務時間内ならみんな参加しやすくていいよねぇ。は~い、色味はこれで見やすくなったかな?」
「お~、確かにこの写真の方が映えるね」
「でしょ♪ あと何枚印刷する?」
「A3で1枚、A4で4枚お願い」
「はぁい、完了!終わったぁ」
「急がせて悪かったね。ありがとう! さっそく貼ってこよう」
◆◇◆◇
「……何やってるんですか、アレ」
自席から廊下を覗き見ながら、薫が呆れたように呟いた。その視線の先には嬉々として壁に掲示物を貼る可南の姿がある。
「歓迎会兼、お花見のポスターよ」
ちょうど開発部に配布物を配りに来ていた珠希がため息混じりに答えた。
「もー、毎回桜を巻き込んで。暇じゃないんだから断ればいいのにね」
「あ、こないだ日程のアンケート取ってたやつですね。へえ、結構しっかりデザインされてるじゃないですか。めちゃくちゃ格好いいですよ」
「技術の無駄遣いよ。まったく」
「旭さん、自ら広報に回ってるし(笑)あれ? 確か今回の幹事って別にいましたよね?」
「本人が好きでやってるんだから放っておけばいいわ」
◆◇◆◇
可南はポスターを小脇に抱え、ある部署を目指し足早に廊下を進んでいた。
「黒瀬さん! ナベさ……渡辺さん居る?」
声をかけられた黒瀬龍は、いつもの冷静な表情で振り返った。ネイビーのスーツの袖から覗く腕時計を一瞥する。
「今物品センターに行かれてます。もうすぐ戻ると思いますが、伝言預かりますか?」
「どうしようかな……そうだ、黒瀬さんも見てよコレ!」
可南が自慢げに広げて見せてきたのは、刷り上がったばかりの鮮やかなポスターだった。
「あぁ、歓送迎会と花見のポスター……もはや企業用のイベント広告っすね」
「格好良いでしょ~!」
「これ、旭さんが作ったんですか?」
「まさか! うちが誇るDsチームのクリエイティブデザイナーのプロデュースだよ」
「……水野さん」
「そう! 写真の選定から素材の配置まで俺が色々注文つけちゃったんだけどいい出来だよね」
「最近ずっと、二人でこれを作ってたんですか?」
「うん。ほぼ共同作業で進めてた」
龍の脳内で、ここ数日見聞きしていた二人の不穏な会話がカチリと音を立てて一本の線に繋がった。
二人がずっと相談していたのは、休日デートの日程調整でも場所の選定でもない。全部、この社内イベントの内容とポスターについてだったのだ。
胸の奥にズシリと沈んでいた塊が、スッと解けていくような安堵感が龍を包む。
とはいえ、可南と桜の距離が近く信頼関係が強固なこと自体に変わりはないのだが。
「何やってるんすか本当に……(笑)真面目に仕事して下さいよ」
「してるしてる、大真面目だよ! あ、来た!渡辺さん! 幹事~! テイクアウトの件なんだけど、店の候補がさ……」
やってきた幹事の元へフットワーク軽く駆けていく可南の背中を見送りながら、龍は思わずツッコミを飛ばす。
「全然仕事してないじゃないですか」
「え?」
きょとんとした顔で振り返った可南に、龍はさらに口元を緩める。
「や、もうお好きに(笑)」
呆れ混じりの言葉の後、龍は心の中でそっとつけ足した。
――でも俺は、もう少しだけ自惚れていてもいいのだろうか。




