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変わらない明日を君と  作者: 夏露
第一章
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【幕間】クリスマスとは??

──とある日のシステム開発部(Devチーム)


「追加機能の実装? え? 可能ではありますがもうテスト段階に入って……はい? そうすると具体的にはどのように……ええ、納期は……そうですか」


 それは1本の電話から始まった。

 電話中、普通なら身振り手振りの一つは入るものだが、受話器を耳に当てたまま微動だにせず話し続ける篤史の背中から、ただ事ではないピリついたオーラが立ち昇る。


 デスクを挟んで作業をしていた凪と薫は、キーボードを叩く手を止めてそっと顔を見合わせた。


「凪君。今、何か不穏な単語が」


「うん。篤史さん、完全に顔がキレてるね……」


 ひそひそと声を潜めて2人が震えていると、ようやく通話を終えた篤史が、不機嫌さを隠しもしない足取りでドカドカと戻ってきた。眼鏡の奥の瞳は見たこともないほど据わっている。


「もっと早く言えよ! あれだけ事前に打ち合わせしてるのに、またこんな段階で要件変更とかあああああ!」


「き、桐生さん。今の電話は一体……」


 頭を抱えて咆哮を上げる篤史に、凪が恐る恐る声をかける。篤史は呪いを吐き出すような濁ったため息をつくと、2人のデスクに両手を突いた。


「例のやつ、テスト運用は一旦ストップだ。設計から全部見直す」


「……の、納期は?」


「納期延長はない」


「これまでの仕様書と議事録、揃えて持ってきます……っ!」


 薫が弾かれたように椅子から立ち上がり、足早に書棚へと向かう。

 街中が華やかなクリスマス一色に染まっているというのに、この開発チームのデスクだけは、一瞬にして絶望一色に染まるのだった。


◆◇◆◇


──一方その頃、品質保証部(QAエンジニアチーム)


(テスト運用は順調だな……これは年始に回していいから。あとはこのまま自動化プログラムにエラーが出なきゃ万々歳だ)


 自席のモニターを睨みながら、龍は密かに胸をなでおろしていた。


 当初は絶望的と思われたスケジュールだったが、度重なる残業と、他部署からの応援のおかげで何とか巻き返しに成功している。文字通り、血の滲むような努力で掴み取った平穏である。


 これなら年末年始はまともに休めそうだ──そう確信して荷物をまとめようとすると、デスクの端で無機質な内線音が鳴り響いた。

 ディスプレイに表示された内線番号を見た瞬間、龍の身体が固まる。


(篤史さんのデスク……開発からだ)


 さっさと帰宅してればよかった。これを見なかったことにして今すぐ上着を掴んで、早々に帰宅を……。


 そんな後悔が頭をよぎったが、ここで逃げたところで明日に先延ばしされるだけ。結局は自分がやるしかないのだ。


 龍は受話器に手を伸ばし、持ち上げる前に俯きつつ一呼吸置いた。そうして意を決したように受話器を取った。


◆◇◆◇


──総務部


「年末調整の書類、もう出そろった~?」


 バインダーを抱えた桜が声をかけると、デスクで山積みの書類と格闘していた珠希が、ガバッとものすごい勢いで顔を上げた。


「も~、まだ! 全然! 毎年の事なのに何でこんなにみんな提出が遅いの??」


(わぁ、やっぱりすっごく怒ってるなぁ~)


 一歩引いて冷や汗を流す桜をよそに、珠希の愚痴は止まらない。ペンを握る手にギリギリと力がこもる。


「どれだけ催促すればいいのホント!それに、絶対後から修正が入るんだから早めに出すべきでしょ!? 通常業務と年次決算業務を並行してやってるこっちの身にもなれって話よ!」


「う、うん。そうだよねぇ。たまちゃん、毎年この時期は本当に大変だもんね。全体のスケジュール調整までやってるし」


「旭君のは、こっちが細かく把握してないといまいち不安だから余計にね。まぁ、他のみんなと分担してるから、私だけが大変っていうわけでもないけど……」


 ひとしきりたまった鬱憤を吐き出して、珠希ははぁーっと肩の力を抜いた。そのため息の余韻をしっかり受け止めて、大きな瞳をパチパチさせた桜はゆったりとした口調で尋ねた。


「たまちゃん、あとどのくらいで終わりそう?」


「……40分。いや、1時間はかかると思う」


「そっか。私も自分の仕事にそのくらいかかるし、終わったら一緒に美味しいごはんでも食べて帰ろぉ!」


「……そうね。ここでカッカしてても仕方ないわ。付き合って」


「よぉーし、私もやる気出たぞぉ! じゃあ、また後でね~❀」


 桜がフルフルと手を振って自席に戻っていく。書類の山と再び向き合った珠希だったが、

「……駄目ね。今はちょっと頭冷やさない」と言い訳するように小さく呟いて席を立った。


◆◇◆◇


 なんとなく騒々しくなった廊下の足音を遠くに聞きながら、旭可南は個室で一人物憂げな顔でパソコンの画面に目を走らせていた。


(どうしても個人に仕事が偏りがちだよなぁ……マニュアルの整理と情報の共有の徹底、あとは定期的な研修会の実施かな。もっとチームで分散して作業出来れば、全体の効率は格段に良くなるはずなんだけど。あとはソフトの操作とブラウザ関連だけでも自動化して……)


 残業が多くなりがちな職種ではあるが、この時期の社内の残業量は、他職を経験した自分から見れば明らかに異常だった。


 どれだけ余裕を持ったスケジュールを組んでいても、そもそものクライアントの納期設定がおかしかったり、予想外のアクシデントが重なったりして、気がつけば予定表はギチギチに埋まっている。


 色々と思いつく改善案を試そうとするものの、目の前の通常業務に追われて本腰を入れることが出来ず、結果として年末は毎年のように酷い有様だ。

 それでも、数年前の創業当時に比べればいくらかマシにはなって来てはいるのだが。


(さっきの桐生さんの件だってそうだ。ああいうのが一番厄介で、電話一本で何でも簡単に仕様変更出来ると思っているクライアントが多すぎる。その裏で、どれだけの人員の時間と労力が消費されているのか考えもしない。技術は目に見えないから、その質も量も相手にはわからないんだよな……)


 あちこちの部署から漂う不穏な空気が増した気がして、可南は小さく伸びをした。


「はぁー……一旦頭冷やすか!」


 自席を立ち、休憩室に向かって廊下を歩く。


 その間も頭の中では、この後の段取り、必要な資料、そして自分がどこにヘルプに入れば一番効率よく業務をカバーできるかなど、結局止め処無く仕事のことを考え続けていた。


◆◇◆◇


 可南が休憩室の扉を開けると、そこには一息入れに来たらしい珠希と桜の姿があった。


「あ! 旭君、ちょうどいいところに!」


 今の今まで、トゲトゲしい声が廊下まで漏れ聞こえていた気がしたが、珠希は近年まれに見る笑顔で可南を呼びとめた。が、よく見るとその目は少しも笑っていない。


「桐生さんの所、追加機能の件で大パニックなの聞いてる? 手が空いてる人いないかって言ってたんだけど、あんたヘルプ入れそう?」


「うん、俺も今からそのつもりで──」


「そう、よかったわ。だ け ど ! その前にこれ!」


 ドンッ!! と派手な音を立ててテーブルに叩きつけられたのは、見覚えのある年末調整の書類一式だった。


「ヘルプに入る前に、自分の書類を出しなさい。毎年毎年、何回催促させるの!?」


「あ、いや、俺は忘れてない! 証明書とかは持ってきてるし全然忘れてないよ!? ごめん、明日出そうと思ってたんだけど」


「今よ今! 5分で書きなさい! 書き終わるまで絶対に行かせないからね」


「……はい」


 桜がクスクスと楽しそうに笑いながら「がんばれ~❀、がんばれ~❀」と小声でエールを送る傍らで、可南は借りてきた猫のように大人しくなり、文句も言わず慌ててペンを走らせるのだった。


 こうしてそれぞれの12月は、すさまじい勢いで過ぎていくのである。


 クリスマス? 果たしてそんな単語、一体何人の頭の片隅にあっただろうか。


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