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変わらない明日を君と  作者: 夏露
第一章
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11話 静かな炎、キャンプ場では火の用心? 前編

 秋の足音が聞こえ始めた連休。新しいテントを使いたいという可南の一声で、特に予定のなかった龍と凪が誘われ一行は山深い某キャンプ地へと来ていた。


 今回のメンバーは全員がキャンプ経験者。だからこそ全員が油断していた。買い出しや準備の際に細かい確認を怠ってしまったせいで、夕飯の支度を始める段階になって主食ともいえる米を買い忘れていることに気が付いた。


 料理にすこぶる疎い凪をテントの留守番として残し、可南と龍は米を調達するため薄暗くなり始めた森の山道を下っていた。


「どうして米を買わなかったんすか? 『米いる?』って俺らに聞いてましたよね? 俺、てっきり可南さんが買うもんだと」


「いや、あれはただみんなの意向を知りたかったから聞いただけで……。2人とも要るって言ったから俺はどっちかが買うと思っちゃって」


 可南は形の良い眉を下げて、はは、と力なく苦笑する。


「報・連・相、ちゃんとしましょ。コミュニケーションの基本ですよ」


「本当にね。以後気をつける」


 すんなりと頭を下げる可南に、龍はやれやれと言った様子で笑った。可南はそんな龍の顔を覗き込むようにして、すぐに楽しげな声を出す。


「ところでさ、新しいテントとタープどう? どうしても使いたくなって今回計画したんだけど、ここのキャンプ場、ロケーションも設備も結構当たりだよね」


「いいっすよね。静かですし。あのテント、いくらくらいしたんすか?」


「それがね、遮光・遮熱で2ルーム仕様の5人用なんだけど……型落ちのセールで6万弱!」


「へえ!いい買い物っすね」


「でしょ~? あの大きさのずっと狙ってたから嬉しくて……うわっ」


 突如、木々の隙間からゴウと強い山風が吹き抜けた。


 風は二人の間を駆け抜けて、可南のお気に入りの帽子を斜面下の沢の方へと吹き飛ばす。運よく崖下までは落ちず、歩道脇から少しせり出した木の枝に不格好に引っかかっていた。


「あれ?! 俺の帽子……あったあった。良かった~、これ俺でも届くかな」


 可南が歩道の端に立ち、手が届くか届かないかという微妙な高さの枝へ、その小柄な身体をいっぱいに伸ばしている。


「危ないっすよ。俺の方が余裕で届きますって。……よっ、ちょっと紐が引っかかって……あと少し、おっ!?」


 もう一歩、と龍が足を踏み込むと、足元の湿った腐葉土が大きく沈み込んだ。


 ずりっ、と地面が崩れ190cm近い巨体がバランスを崩す。その時、龍が自らの状況を理解するより早く、可南の手がしっかりと龍の手首を掴んだ。しかし2人の体格差は大人と子供ほどもある。案の定、大柄な龍の身体を160センチそこそこの可南が支えきれるはずもなく、2人揃って崖下へ吸い込まれそうになった。


「かなっ……!」


 (この人より俺の方が頑丈だ。多少山肌を滑り落ちたところでどうってことない)


 そう判断した龍は、可南を巻き込むまいとその手を振りほどこうとした。

 だが振りほどこうとした瞬間、可南が腕を引く力が異常なほどに強まった。グイッと引き上げられるような感覚に驚いていると、次は龍の視界から可南の姿がこつ然と消えた。


「えっ」


 言葉を発しきらないうちに背中を強い力で押され、気づいた時には龍は歩道でへたり込んでいた。後ろの方ではガサガサッ!ザザザッと激しく枝が折れる音と、葉擦れの音が猛スピードで崖下へと遠ざかっていく。


「可南さん!?」


 自分の代わりに可南が落ちたのだと、龍は即座に理解した。


 心臓が早鐘を打ち、耳元でドクドクとした拍動がうるさく響く。

 自分より遥かに体躯の良い男を崖上に押し戻すには、かなりの力が必要だったはずだ。可南は、その力を加えた反動で、自ら崖下の藪の中へと飛び込む形で身代わりになったのだ。


「可南さん! 返事してください! 可南さん!!」


 何度も声を張り上げ耳を澄ます。しかし返ってくるのは風に揺れる梢の音ばかりで、龍の焦りと不安はジワジワと全身に広がっていく。


 人を呼ぶべきか、自分が今すぐこの斜面を降りるべきか。ほんの数分の思案だったが血の気が引いていく感覚の中、今この瞬間にも最悪の事態が進行しているような恐怖に駆られていた。

 もう二、三回呼んで反応がなければ、テントの凪に連絡しキャンプ場のスタッフにも頭を下げて──そう思案している最中、下方からガサガサという落ち葉をかき混ぜるような音が微かに聞こえた。


「可南さん?? 大丈夫ですか!!」


 藪の中で獣が動くようなガサガサという音は続くが、待ち望む人の声は聞こえない。


──ピピピピ、ピピピピ


 場違いな電子音が突然辺りに鳴り響いた。龍が慌ててポケットからスマートフォンを取り出して画面を確認してみると『旭可南』の文字が表示されている。


「もしもし!? 可南さん!? どうしたんです、どこにいるんですか!」


「……龍さん? 大丈夫だった?」


「なんか声が掠れて……っ、どこか怪我でもしたんですか!?」


「いや、大丈夫。ただ、背中から着地しちゃったみたいで……ほら、一瞬息ができなくなるでしょ、コレ。やっと動けるようになったんだけど、大声を出すのがキツいから通話で。ははっ、参ったね~」


「はは、じゃないっすわ! ほんま何して……いや、それより自力で上がってこれそうっすか?」


「んー、傾斜はそんなに急じゃないから何とか。こっちからは山道の上の、木が開けてる部分が見えるからそこを目指せば行けると思う。でも、この藪の丈が凄すぎて時間はかかるかもなぁ」


「こっちからは下の様子は全く見えませんが……。今、凪さんにロープ持って来させますから無理はしないで下さいよ!」


 そう言って通話を切ると、龍はすぐさま留守番をしている凪へ連絡を入れた。


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