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【完結済】歪な砂時計の落ちる先 ―幼馴染のまどろみが終わる時、僕たちは絶望を抱きしめる―  作者: みるとべる
歪な砂時計の落ちる先

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【第47話】紡木陽向:懺悔の果てに、救う君

 翌日、駿(しゅん)ママに容態を確認した。

 回復の兆しはあるけれど、まだ身体を動かしたり、長時間の会話をしたりするのは難しいそうだ。

 駿ママがしばらく有給を取って付き添うらしいので、放課後に様子を見に来ることを伝え私は登校した。


 一限目は急遽授業が変更され、ロングホームルームとなった。

 教壇に立った担任の口から、厳しいトーンで安全指導が入る。

 殺陣(たて)の取りやめ、脚本の修正、あるいは演目そのものの変更。

 演劇を継続する場合でも、配役の全面的な見直しが条件となった。

 内容を学校側が再度確認し、承認が下りない場合はクラスの出し物自体が中止になる。

 駿くんに怪我をさせた男子は欠席していた。

 大野(おおの)くんが彼の処遇について問いただしたけれど、個人情報を理由に伏せられた。


 出し物について再び会議が行われたが、開催まで残り一週間を切っている。

 冷え切ったモチベーションを立て直すのは難しく、演劇は「朗読劇」へと変更された。

 私と駿くんは担任の指示により、念のため配役から降ろされることになった。


 誰からも異論は出なかった。

 むしろ、この重苦しい空気を早く終わらせたいという、クラス全体の沈痛な意思が肌に刺さるようだった。


 昼休み。私は璃奈(りな)と大野くんの三人で昼食を取りつつ、クラスの動向を探っていた。

 もし、今回の件で矛先が駿くんに向くようなら、全力で守るつもりだった。


 けれど、周囲の非難は一貫して加害者の男子に集まっており、私たちには同情的だった。

 話したこともないクラスメイトからも「元気だして」「悪いのはアイツだから」と声をかけられる。

 私から見れば、そういった「言わせる空気」そのものが問題なのではないかとも思ったけれど、脚本の暴走を止められなかった私も同罪だ。

 曖昧な苦笑いを返すことしかできなかった。



 放課後、久しぶりに部室に顔を出すことにした。

 璃奈や大野くんはクラスの作業がない時に手伝いに来ていたし、駿くんも練習が早く終わった時は顔を出したり、LINEで小まめに連絡を取っていた。


 私は日々の疲れや、担当であるアロマオイルの調合を家で行っていたこともあり、劇の練習が始まってから部室に来ることはなくなっていた。

 扉を開ける際、微かな居心地の悪さが胸を掠める。


 中に入ると、そこには以前の無機質な部室とは違う、熱を帯びた空間が広がっていた。

 未完成ながらも、合宿で行った「あの場所」を鮮烈に思い起こさせるだけの熱量がそこにはあった。


 机はすべて撤去され、床には数層に重なったブルーシート。それが私たちが遊んだ川や湖の青を再現している。天井からは写真を貼り付けたアクリル板を吊るすためのテグスが、無数の光の筋のように張り巡らされていた。


「うわ、すごいね。これみんなでやったの?」

「私と悠斗もあまり手伝えてないよ。やったのはほとんど沙耶(さや)(りく)

「陽向先輩に作ってもらったアロマもテストしましたよ。あれ完成度高いっスね!」

「ホームページに載ってたのを真似ただけだよ。予算、サンダルウッドが高かったよね。ごめん」

「いえ、そこは元々出ない予定のコンクール費で調整しましたから」

「今回、石田さんがかなり頑張ってくれてるからな。打ち上げは期待していいよ」

「そ、そんな。大したことはしてないです」


 自分のことばかりで、何もやれなかったことが悔やまれる。

 私だって写真部の一員だったはずなのに、自分の感情を優先しすぎていた。


「陽向、そんな顔しないの。西村だって同じようなものだったんだから。あの練習量で部活までってのは無理だったでしょ」


 また顔に出ていたのか、璃奈に背中を叩いて励まされる。


「そうだな。もし演劇がそのまま発表されたら、かなり評判良かったと思う」


 大野くんも言葉を添えてくれるが、その響きに沙耶ちゃんと陸くんが敏感に反応した。


「やっぱり学校から何か言われました?」

 沙耶ちゃんの質問に、どこまで答えていいのか迷う。


「それなんスけど、璃奈先輩と悠斗先輩。今日は作業休みでも問題ないくらい進んでるんで、別の場所で話を聞かせてくれませんか?」


 陸くんは二人に向けて、不器用に片頬を引きつらせたウィンクをしてみせた。


「い、いいけど、陽向と沙耶は放っておいていいの?」


 あまりに下手な目配せに璃奈が吹き出し、けれどすぐに意図を察して調子を合わせる。


「あの二人はまた別の話があるでしょうから」

「お前も大概、おせっかいなヤツだな」


 大野くんが苦笑しながら陸くんの頭に手を置く。

 私と沙耶ちゃんを置き去りにしたまま、三人は足早に部室を出ていってしまった。


「……いや、強引すぎるでしょ」

 私の呆れた声に、沙耶ちゃんも「中原くんですから」と小さく笑っていた。


 ◆


 駿くんのいない部室に漂う、冷めた温もりを感じながら、私は沙耶ちゃんに昨日の出来事の一部始終を報告した。


「そう、ですか。ひとまずは、文化祭には出て来られそうで良かったです」


 膝の上に手を置き、沙耶ちゃんは深く安堵の息を吐く。


「と言っても、数日の間は後遺症が無いか経過観察で休むんだけどね」

「しばらくは様子見、ですね」

「うん、それしかないかな」

「ですが、なぜその男子は駿先輩にそのようなことをしたんですか?」


 避けては通れない質問に、私は思わず口をつぐんだ。


「あ、すみません。もし言いづらいのでしたら無理はしないでも構いません」


「いや、ちゃんと話すよ。実は――」


 私は、今言える限りの真実を話した。

 脚本の改変、周囲の悪ノリ。加害者の動機は、私への歪んだ好意からくる駿くんへの敵対心であったこと。

 そして、私の『罪』と『呪い』。彼に家族であることを強いたまま、他の男子への好意を相談し、彼にすべてをお膳立てさせたこと。

 彼の優しさに無尽蔵に(すが)り付いてきたこと。


 沙耶ちゃんの目を見て話すことができない。それは、彼女に懺悔(ざんげ)をし、(ゆる)しを乞うているような卑怯な振る舞いに思えた。


「ごめんね、沙耶ちゃん」

 深く、頭を下げた。私が駿くんにかけた『呪い』がなければ、今頃、彼女が彼と結ばれる未来もあったかもしれないのに。


「頭を、上げてください。陽向先輩」

 これまで静かに聞いてくれていた沙耶ちゃんから、声がかけられた。

 上げられるわけがない。駿くんの負った傷は、本来私が受けるべきものだったのだから。


 はあ、と軽い溜め息が聞こえた直後、両頬にペチンと、衝撃とも言えない柔らかな感触が伝わり、無理やり顔を持ち上げられた。


「先輩のジュリエット、素敵でした。というより、ただの陽向先輩でしたよね」

 沙耶ちゃんは、穏やかな微笑みを浮かべていた。その強さが眩しくて、目を細める。


「あんなに一人の男性に深い執着を見せるなんて、私にはできません」

 劇という免罪符に溺れた私の身勝手が、駿くんをそこまで追い詰めていた。


「あれがなければ、私は告白なんてできませんでした。時間切れで、駿先輩から振られて終わりでした」

 私が放った無意識の欲が、沙耶ちゃんをそこまで追い詰めてしまった。


「駿先輩からは最初から傷つけるかもしれないよって言われていたんです。分かってて、お二人に割り込んだんです」

 駿くんが発していた悲鳴のような警告を、隣にいたはずの私は聞き逃していた。

 

「大体、どんな経緯があろうと、家が隣同士で家族同然の結びつきだったことに、変わりはないでしょう?」

 駿くんに押し付けた『罪』が、沙耶ちゃんの目には難攻不落の城のように映っていたのだろうか。


「私は陽向先輩と共に過ごした駿先輩を好きになったんです。それなのに、私がどうこうできるはずないじゃないですか」

 私が否定したはずの過去が肯定され、喉の奥が熱く焼ける。


「駿先輩だって、だらしないです。陽向先輩が猫かぶりで、本性は嫉妬深いのなんて、駿先輩が一番理解してるはずじゃないですか」

 急に容赦のない言葉が飛んできて、けれどそれが正鵠(せいこく)を射ているだけに、胸がチクリと痛む。


「陽向先輩も、ちゃんと駿先輩の手綱握って、私なんかが入り込めない隙をもっと作ってください。そうすれば」

 そこで一度、言葉が途切れた。沙耶ちゃんの目尻から、一筋の涙が零れ落ちる。


「私の大好きなお二人を、ずっと見ていられるんですから」

 そのまま、彼女は私にしがみつき、堪えていた嗚咽(おえつ)を漏らし始めた。私にできることは、この愛おしい妹分を、ただ強く抱きしめることだけだった。



 彼女が泣き止むのを待ちながら、その頭を優しく撫で続ける。こんなにも自分を慕ってくれていた子を、嫉妬の対象にしていた自分が情けなくて、恥ずかしくなった。


「沙耶ちゃんは強いね」

「強くなんてないです。入った頃の私を忘れました?」


「見違えるほど綺麗になって、強くなったと思うよ」

「それなら陽向先輩と坂口先輩が、駿先輩が強くしてくれたんです」


「ごめんね、沙耶ちゃん. 私、本当は文化祭終わったら、部活辞めようとしてたんだ」

「なんで、ですか?」


「駿くんと沙耶ちゃんが仲良くしてるの、見てて辛かったから」

「もっと見せつけたいから、辞めないでください」


 沙耶ちゃんの腕に力が入る。その顔を、ますます私の身体に押し当ててくる。


「降参。沙耶ちゃんを残して出ていけなくなっちゃった」

「当たり前です。私を強くしてくれた責任、取ってください」


「責任ってどうすればいいの?」

「私は、駿先輩にだけは人一倍ワガママな陽向先輩が、大好きです。そのままの先輩でいてください」


 回した両腕に、さらに力を込める。本当に、言うようになったなあ。


「く、苦しいです」

「恋人は譲らないけど、沙耶ちゃんには私と駿くんを見ていられる特等席を用意してあげる」

「それ、私は喜んでいい場所じゃないような」

「でも、そんな私がいいんでしょ?」

「間違っては、いないですけど……これで、よかったのかなあ」


 首肯(しゅこう)しながらも、私を抱きしめる力が、さっきよりずっと強くなっていることに気づかないふりをした。

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