99 ゴウマ
「さて、覚悟はいいか、エルフ野郎。今からテメエをぶっ殺してやる……!」
「ま、待て! まだだ!」
獰猛に犬歯をむき出しにする族長に、俺は片手を突き出し待ったをかけた。
「あ? 今さら命乞いか? そんなもん――」
「違う。先に聞いておきたいんだが……この集落では一番強い奴が長になるんだってな?」
「ああ、そうだ。力こそが正義! つまり……族長であるこの俺こそが、村で最強の男だ!」
「族長に勝てるヤツなんざ、誰もいねえ!」「族長最強!」「さっさとその細っこいエルフの首をねじ切ってくれよ!」「きゃあー! ゴウマ様、頑張ってー!」「早く私の子を産んでー!」
まるで祭りでも始まったかのように、周りのオーガたちから歓声が沸き起こる。
その中に混じっていた黄色い声に視線を向けると、ちらほらと女オーガの姿があった。ちょっとゴツい感じもするが、かなりのナイスバディだ。というか、族長はゴウマって名前なんだな。
「じゃあ俺が勝ったら、この村の長にならないと駄目なのか?」
俺の言葉に族長――ゴウマを含めたオーガ全員が時間が止まったかのように静まり返り、きょとんとした顔を浮かべ――
「「「「ギャハハハハハハハハハハハハハ!」」」」
次の瞬間、大爆笑が巻き起こった。
腹を抱えて笑い転げるオーガたち。ゴウマが肩を揺らしながら口を開く。
「ククク……いいだろう。万が一にも俺に勝てば、テメエが次の族長だ!」
「そんなのいらないって。その代わり俺が勝ったら、俺とカナンの身の安全は保証してくれ。それだけでいい」
ゴウマが面倒くさそうに、ふんと鼻を鳴らした。
「わかった。約束してやろう」
よし。これで勝った瞬間に周りから袋叩きに遭う心配はない。こういう連中は妙なところで律儀だ。言ったことは守るだろう。
だがゴウマは余裕の笑みを浮かべながら付け加える。
「ただし――俺が勝ったらカナン、お前は俺の嫁だ。わかったな?」
「ふん、そう上手くいけばいいけどな」
と、軽口を叩いた俺の袖を、カナンがキュッと掴んだ。
「リーフ、私のために戦ってくれるのだな。まさかお前がそこまで私を想ってくれていたとは……」
感極まった顔でもじもじとするカナン。なんでこいつはいつも自分の都合のいいように解釈するんだよ。
俺はもうカナンは無視して、さらにゴウマに伝える。
「あー、それともう一つ」
「まだあるのかよ。いい加減にしろよてめぇ……!」
ビキビキとこめかみに青筋を立てるゴウマ。だがフィギュアベロベロマンにいくら凄まれたところで、怖くもなんともないぜ。
俺は周囲を取り囲む連中に、しっしっと手を振った。
「おい、お前ら。もっと離れてくれ。こんなに狭くちゃ満足に魔法も撃てないだろ」
「ガハハッ! 小賢しい魔法如きが俺に通用すると思っているのか。だが面白い。おい、もっと散ってやれ!」
ゴウマが顎で合図すると、周囲のオーガたちがぞろぞろと後退し、中央に広々とした円上の空間が整えられていった。
十分な広さだ。これなら問題ない。
「リーフ、私は向こうで応援してるぞ! 私のために……勝ってくれっ!」
顔を紅潮させながらバカ騎士が言う。
「戦う必要はないって」
「む?」
俺はカナンの手をグッと掴むと――
「せっかく囲みが解けたんだ。……逃げるぞっ!!」
俺はカナンの手を引き、包囲が一番薄い方向へ向かって全速力で駆け出した。
「て、てめえぇぇぇっ! この期に及んで俺を騙しやがったなっ!!」
背後から怒声が上がる。ゴウマが地面を蹴って、凄まじい勢いで追いかけてきた。
だが俺は数歩走ったところで、くるりと振り返った。
「ウソだバーカ! 喰らえっ【石弾】!」
逃げると見せかけての不意打ち。
弾けるように放たれた弾丸が、一直線に無防備な族長の顔面へと飛んでいく。
この至近距離。外すはずがない。
――だが。
ギィィィンッ!
顔面に命中した瞬間、火花が散り、金属を叩いたような硬い音が響いた。
足を止め、顔を仰け反らしていたゴウマが、ゆっくりとこちらに向き直る。
「ほわいふひやふぁって、ふぉのふほふぁあ!(小細工しやがって、このクソがぁ!)」
「は? ウソだろ!?」
ゴウマは飛んできた弾丸を前歯で挟み込んで止めていた。そして――
バリボリバリボリボリ!
そのまま飴でも噛み砕くように、石の弾丸をバリボリと食い砕いた。マジかよ。ワンショットキルを狙った一撃がおやつ扱いか。
「うおおおお! さすが族長!」「小賢しいエルフの魔法なんざ屁でもねえぜ!」「族長最強!」「正々堂々やれねーのかよ!」「そうだぞ、卑怯者め!」
周囲のオーガたちからも驚嘆の声が上がる。……なんか最後は輪に混じって行ったカナンの声が聞こえた気がするが、気のせいだよな?
そしてゴウマは砂利を吐き出し、楽しげに口元を歪めた。
「おい、どうした。小賢しい策はもう終わりか? それなら今度はこっちから行く――ぞっ!」
爆音と共に地面が爆ぜた。
その巨体に似合わぬ速度で、ゴウマが一直線に突っ込んでくる。こうなったらこれしかない――
「出てこい!【森の巨人】!」
俺の呼びかけに呼応し、地面が大きく隆起した。
泥と樹木の塊が盛り上がり絡み合い、一瞬にして形を成した三メートル級の巨人が、ゴウマの突進に合わせて巨大な腕を振り下ろした。
「ガハハッ! そんな土人形じゃあ俺の拳は止められねえぞ!!」
ゴウマの巨岩のような拳が、フォレストゴーレムの肩口にめり込み――
ドゴォンッ!
振り下ろされた腕ごと、フォレストゴーレムの身体が粉砕された。
「オラオラアッ! まだまだ足りねえぞ!」
さらに追撃。ゴウマの拳が雨あられと降り注ぎ、フォレストゴーレムは手も足も出ず、ボロボロになっていく。
族長のパワーは俺の想像を軽く超えていた。相手は素手だし、なんとかなると思ったのだが――
「なら、数で押すまでだ! ニ体目、三体目、どんどん出てこい!」
ドンッ! ドゴオンッ!
地面が次々と爆ぜ、第二第三のフォレストゴーレムが地中から現れる。
「まだまだいくぞ!【森の巨人】!」
「ガハハハハハ! こうでなくちゃ面白くねえ! さあもっと来い! 全部まとめてぶっ潰してやる!」
猛り狂うゴウマと、それを囲む森の巨人たち。
俺の精神力とゴウマの体力。どちらが先に尽きるのか――
こうして、泥沼の我慢比べが幕を開けたのだった。
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