96 鬼娘
作戦開始の朝になるまで、俺はフィギュア作りで時間を潰すことにした。
ヒマを持て余していたカナンは最初こそ話しかけてきたが、俺が集中モードに入り完全スルーを決め込むと、いつの間にか机に突っ伏して眠っていた。
俺はひたすら土をこね、削り、フィギュアを作り込んでいく。
指先に魔力を集中させ、細部を削り出す作業。これはある意味、魔法の訓練でもある。そうして精神を研ぎ澄ませて作業を続けていくうちに、俺の気配感知も冴え渡ってきた。
今になって思えば牢屋で目を覚ました直後、隣にカナンがいることに気づかなかったあたり、俺は思っていた以上に疲弊していたのだろう。
だが集中力を取り戻した今は違う。集落で動くオーガたちの気配がはっきりと手に取るようにわかる。その中でも一際巨大な存在感を放っているのが、あの族長だ。
「ふう……」
数時間後。俺は完成した一体のフィギュアを、コトンと机の上に置いた。
オーガの集落の地下牢という、ある意味エクストリームな環境が創作意欲を刺激したのか、完成したフィギュアの出来栄えは我ながらなかなかの代物だった。
今回モチーフにしたのは、オーガの集落にちなんで語尾に『だっちゃ』をつけて空を飛び、電撃を放つ某鬼娘だ。
虎柄模様のビキニに身を包み、愛嬌たっぷりのウインクに片手片足を上げたポーズ。指先から髪の毛の一房、角の先端まで妥協なく再現できたと思う。
思わず持ち帰りたくなるほどの逸品だが、さすがに逃亡の邪魔になるものは持っていけない。ここに置いておくしかないのが実に残念だよ。
俺は机によだれを垂らしながら眠るカナンの頬を指でつついた。
「おい、起きろ。そろそろ日が昇る。族長がいつ来てもおかしくないぞ」
「むううん……。もう食べられないのだ……」
……マジで寝言でそんなこというやついるんだな。
バナナをモリモリ食ってたし、バナナの夢でも見てるんだろうか。やっぱり脳筋とバナナって相性いいよね。ほぼゴリラじゃん。
俺がカナンのくせに意外と柔らかい頬をぐりぐり押し続けていると、ようやくカナンは目を覚ました。
ぱちりと目を開け、ぼんやりと俺の顔を見て――次の瞬間、バネ仕掛けのように飛び起きる。
「くうっ、一生の不覚! この私が寝顔を晒してしまうとは……! 嫁入り前の娘にこの狼藉……。責任は取れるのだろうな、リーフ!」
「自分から勝手に見せておいて責任もクソもないだろ、バカ騎士め。とにかくそろそろ準備をするからな」
「むううっ……。この部屋を片付けるのか? 力仕事なら任せろ!」
快適にリフォームされた牢屋を見渡しながら、カナンが力強く拳を握った。
テーブルに椅子。【照明の花】に簡易トイレ。使わなかったがベッドまである。状況が状況でなければ、この部屋でのんびり過ごしたかったんだけどな。
「いや、むしろこのままにしておこう。妙な魔法を使う奴だと思わせたほうが、ここからあっさり逃げおおせたリアリティが出るだろうし」
「なるほど、そういうものか。それでどこに隠れるのだ?」
「穴を掘る」
「も、もしかして、ここに入るのか?」
簡易トイレを見ながらカナンが顔を引きつらせた。
「アホか。別に掘るに決まってるだろ。むしろトイレだけはきっちり埋めておこう。そこから連想して穴に隠れてると思われる可能性もあるかもしれないからな」
「ま、待て。それなら最後にもう一度……」
「あーはいはい」
もじもじしながらつぶやくカナンに察した俺は、隣の部屋に行き、両耳を塞ぐ。
バナナと水をやたらと摂取しているカナンは出すものを出す。二度目のトイレから、こうしてやるのが慣例になっていた。
「お、終わったのだ。早く埋めてくれ……」
顔を赤らめながらトイレを指差すカナン。
バカのくせに、こういうところだけ育ちの良いお嬢様感を出すのはいかがなものか。
いっそのこと、なにも気にせず豪快にジョババババと……いや、それならそれで俺がドン引きしそうだ。
その後、俺はトイレを砂に戻して埋め直すと、反対側の角に穴を掘った。直径一メートルで深さは二メートル。人が二人入る隠れるにはちょうど良いスペースだ。
こうして準備は整った。
俺たちは明かり採りの窓から外を眺めながら、じっと族長オーガがやってくるのを待つ。
――やがて。ドスン、ドスンと階段を降りてくる族長の重たい足音が、この牢屋にまで響いてきた。
族長の気配が近づくにつれ、空気が重く張りつめていく。いよいよ作戦開始だ。
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