95 脱走計画
「……いちおう聞いておくか。言ってみろ」
どうせロクでもない話な気がするけどな。俺が促すと、カナンは腕を組んで得意げに語りだした。
「よく聞けリーフ。私はここに連れ込まれるまで集落を観察していたのだが……他のオーガはさほど大きくはなかった。つまり、あの族長が例外的に巨大で、集落最強なのはまず間違いないだろう」
「へえ、そうなのか」
これは悪くない情報だ。あのレベルのオーガが集落にゴロゴロいるようならさすがに詰んでいたかもしれないけれど、一人だけならまだやりようはある。
「私が聞いた話によると、オーガという種族は力こそがすべてという考えらしい。その長は常に最強の者が務め、負ければその地位を失う。実に極めて単純明快な社会なのだ。つまり――」
カナンが手に持ったバナナをビシッと自分に向けた。
「私が騎士道の名のもとにヤツに再戦を申し出て、真っ向から叩き伏せればすべて解決なのだ!」
「はい、却下」
「なぜだぁっ!」
俺の即答にカナンが口から唾を飛ばして叫ぶ。しかもほんのりバナナの匂いつきである。
俺は顔についたバナナ汁を袖で拭いながら言い返した。
「だってお前、普通に負けてたじゃん。ちょっと善戦した程度で、なんでアイツに勝てると思ったんだよ」
「ヤツの技はもう見切ったのだ。次があれば必ず勝てる!」
「いやいや、あれはそういうレベルじゃなかっただろ」
俺はあのオーガを思い出す。
とにかくデカい筋肉の塊。【森の巨人】を一撃で破壊できるパワーがあり、あの体格のわりに意外と動きも素早かった。
カナンがもう一度挑んだところで、今度こそ『くっ、殺せ!』の展開になりかねない。
「それにお前が負けたら、そのまま俺も巻き添えだろ。もっと現実的に考えろよ」
「むうっ……! だったらリーフ、お前が族長に挑めばいいではないか! お前の魔法ならあやつとて――」
「え? 待てよ、勘弁してくれ。あんな脳筋相手に真正面から戦うとか、そういうのは俺のやり方じゃないから」
俺が真顔で断ると、カナンはきょとんとした顔になった。
「リーフ、お前は何を言っているのだ? お前は集団相手に【石散弾】をぶっ放したり、ところかまわず【大地の呪縛】を叩き込む男だろう。十分すぎるほど正面から戦っているではないか」
「……いやいや、あれはなし崩し的にそうなっているだけだから。そもそも俺は争いを好まない平和な森のエルフだから……」
そうだ。俺は争いを好まない。ただ、平和に引きこもるために邪魔なものを排除しているだけなのだ。
だがそんな俺の心からの言葉に、カナンはなぜか冷めた視線を向けてくる。
「だったらどうするのだ? 言うまでもないが、結婚なんて絶対にしないぞ。あのオーガの妻になるくらいなら、私は死ぬまで抵抗するからな」
「わかってるって。だから最初から正面突破なんかせずに、コッソリ逃げればいいだけだろ」
「むうっ……。こそこそと逃げ出すのは騎士道精神に反するのだ」
「そんなこと言ってる場合じゃないくらい、さすがにわかるだろ。引くこと覚えろアホ」
カナンはしばらく悔しそうに歯噛みしていたが、やがて観念したように息を吐いた。
「ぐぬぬ……。……わかったのだ。再び姫様と再会するためにも、生きることを最優先としよう」
「よし。それじゃあとりあえず集落の外の様子を教えてくれ。それから脱出方法を考えようぜ」
◇◇◇
――それからしばらく。カナンから聞き取りをした結果、いろんなことがわかった。
どうやらオーガの集落は、思っていたよりも規模が大きいらしい。
粗末な木や石でできた小屋がいくつも並び、それらの中心に族長の住み家があるという。
俺たちが閉じ込められているこの半地下の牢屋は、その族長の住み家からほど近い場所にあるのだとか。
さらに最近、この辺りではゴブリンの出没が増えているそうで、集落全体がかなり神経質になっているらしい。昼夜を問わず見張りを立て、常に厳戒態勢だそうだ。
俺たちが遭遇したあの戦闘も、どうやらゴブリン掃討戦の最中だったらしい。その途中でカナンという戦利品が手に入ったため、今回は引き上げたらしいけど。
ちなみにこれらの情報の大半は族長自らがカナンに話したそうだ。こんな情報をぺらぺら喋るあたり、あの族長の中では、もうカナンを嫁にしたも同然なんだろうなあ。
まあとにかく、そんなわけで情報を整理した結果、俺たちの脱走するタイミングはほぼ決まった。
朝だ。
族長がカナンを会いに来る、その直前。
そこで俺たちがこの場でアクションを起こし、脱走したフリをして隠れる。そうすれば脳筋オーガは真っ先に外に追いかけに行くだろう。
その隙に俺たちは反対方向からこっそり脱出する。途中で出会ったオーガは、まあ……適当に倒せばいい。
「……偉そうに言っていたわりには、ずいぶんと雑な作戦なのだな」
カナンが不満げにつぶやく。
「ある程度のゴリ押しは仕方ないだろ。とりあえずあのオーガに会わなければどうにでもなるって」
「むう……」
納得したような、納得してないような顔でカナンがうなる。だがひとまず異論はないらしい。
「とりあえず朝までまだまだ時間はある。眠いなら寝ておけ」
「眠くはない。それよりバナナのおかわりと水がほしいのだ」
「はいはい」
俺は話しながら作っていたテーブルに、バナナと魔法で出した水の入ったコップを置いてやる。
俺もさっきまで気絶していたせいか、眠気はない。
今はのんびりリラックスして、体力気力ともに回復させるのが優先だ。まだ身体もダルいし、魔力のほうも万全というわけではないからな。
もっとも、カナンがいるせいであんまり落ち着かないけど。
それならせめてと土のフィギュアを作りながら、俺は朝まで時間を費やすことにしたのだった。




