93 リフォーム
さて、牢屋のリフォーム計画。なにから手を付けようか。
――なんて、そんなもの決まっている。トイレだよ!
実はさっきから地味に限界が近い。そもそも牢屋にトイレがないってどういうことだよ――って……
いや、待てよ?
ふと、この牢屋の薄汚れた壁や床を見渡す。この狭い空間で、歴代の囚人たちはどうやって「それ」を処理してきたのか。
「…………」
想像した瞬間、俺は無言で腕や背中についた砂を全力で払い落とした。
よし、これ以上考えるのはやめよう。とにかく今は、トイレ作りに専念すればいいのだ。
ということで、トイレ作りである。簡易トイレは旅の間に何度も作ってきた。これは簡単だ。
「【掘削】」
魔法で床に垂直な穴を穿つ。直径三十センチ、深さはまあ……三メートルもあればいいだろう。
そして崩れないように穴の周辺を魔力で固め、穴の上に土魔法で創った便座を設置する。もちろん便座の蓋も忘れない。密室だからな、匂い対策は必須だ。
「――ふう……。生き返るぜ……」
そうしてさっそく用を足し、スッキリした気分で立ち上がると、俺は改めて牢屋の中を見渡した。
夜目が利くとはいえ、やっぱりこの室内の暗さはよろしくない。次は明かりだな。
「【照明の花】」
【森の隠れ家】で照明として使われている、柔らかな光を放つ魔法植物だ。
それを牢屋の四隅に咲かせてみる。にょきにょきと茎が伸び、天井付近で花弁をふわりと開いた。淡い光が広がり、さっきまで陰鬱としていた牢屋が一気に明るくなる。
「よし、だいぶ住みやすくなってきたぞ。次はベッドだな。それと机と椅子も欲しいな……」
……ぐうぅ
と、そこで俺の腹が盛大に鳴った。
そういえば、ゴブリン襲撃のどさくさで朝飯も食い損ねていたんだよな。すいぶん長い時間、なにも食べていないことになる。
体力回復のためにはエネルギーが必要不可欠だ。さっそくなにか食べることにしよう。
どうせ食べるなら栄養価の高いものがいいよな。……ふむ、アレでいくか。
「出てこい、【バナナの花】」
石鹸の実が作れたくらいだ。バナナを咲かせる花だって理屈の上ではできるはず。
俺が世界樹の力を使い、無理やりバナナの花を咲かせようとした――その時だった。
『……お前は一体、なにをやってるのですか』
「ん?」
脳内に直接響く、呆れたような声。聞き覚えのある声だ。というか、脳内に声を響かせるヤツを俺は一人しか知らない。
「……ユグか?」
『聞こえているのでしょう? 返事をなさい』
「返事してるじゃねーか……って、あっ、そうか」
ユグが種だった頃、ユグは念話だったが俺からは普通に声に出して会話していた。だが今は距離があるから聞こえないのか。
俺は意識を集中させてみる。声を自分の頭の中で響かせ、それを相手に送り出すイメージで――
『……これでいいか? 聞こえるか?』
『ふむ、相変わらず魔法の飲み込みだけは早いようですね。それで……お前は今、何をしようとしていたのです?』
『腹が減ったからバナナでも作って食おうかと。あ、バナナって知ってるか? 前世ではアスリートもエネルギー補給で食べるってくらい栄養のあるフルーツなんだぞ』
『世界樹の力をそんなことに使うとは……いえ、まあいいでしょう。そうして呑気に食欲を優先させているということは、お前は無事なのですね?』
『ああ、今のところはな。そっちはどうだ?』
『こちらも無事です。ひとまず川沿いで野営をしているのですが、世界樹の力を使われた痕跡を頼りにお前にたどり着いたのです』
『へえ、なるほど。俺が魔法を使えばお前にはわかるのか』
『私の世界樹の力をお前が使っているのです。当然でしょう。それで今はどこにいるのですか?』
『多分オーガに捕まって、集落の牢屋に入れられている。今は汚い牢屋を美しく快適にすべくリフォーム中だよ』
『はあ……』
『なんだよ』
『なんでもありません。とりあえず、お前に関しては心配しなくてもよさそうですね。それではカナンはどうなのですか?』
『わからん。でも、俺が捕虜になっているくらいだし、あいつも捕虜になってるんじゃないかな』
『ふむ……。たしかにその確率が高いですね。それではそのように他の者にも伝えましょう』
どうやら他の連中もユグの近くにいるらしい。
『とにかく今は体力回復が最優先だ。そして俺をストレスから守るためにも、牢屋のリフォームが重要なんだよ。作業に戻っていいか?』
『……牢屋にぶち込まれてもお前は普段どおりですね。とにかく状況はわかりました。最後のひとつ』
『なんだ?』
『お前がいつも私に作っている魔力たっぷりの水をスーリヤに作らせたのですが、手のひらサイズの水で根をあげてしまいました。あれでは私の世話はできません。私の食生活のためにも、なるべく早めに帰還するのです。いいですね?』
『お前も普段と変わんないじゃねーか。まあ、善処するよ。そっちも魔物にやられないように注意しろ。状況が動いたらまた連絡するから』
俺はガチャリと電話を切るイメージで念話を終了させた。とりあえず逃がした連中が無事なようで安心した。それすら失敗していたら目も当てられなかったからな。
さてと、リフォームの続きをやるとするか。
念話の間に明るくなった部屋を見回していて思ったのだが、やっぱアレだな。引きこもるにしてもさすがに狭すぎる。
もう少し広いほうが俺の好みなのだ。ということで、家具を作る前に部屋を拡張してみよう。
「【掘削】」
俺は扉に面していない側面の壁をひとまず掘ってみる。
――ガラガラガラッ!
突然、掘った壁の周辺が崩れ落ちた。
どうやら横は別の牢屋になっていたらしい。そしてその先に見えたのは――
「くっ……騎士たるもの、このような場所での粗相など許されるはずがない……! 姫様の騎士として私は最後まで気高くあらねばならぬのだ! だが……肉体には限界というものがあり、今まさに限界が騎士道をも凌駕しようとしているっ! 姫様、生き延びるたびに尊厳を汚そうとする私をどうかお許しください……!」
両手を組んで、ガタガタと震えながら祈っているカナンの姿だった。
「あ? なんだカナン。お前、隣にいたのか」
俺の声にカナンがハッと声を上げる。
「リ、リーフだと……!? いや、詳しい話は後だ! どうせお前のことだ、トイレなんかを作っているんだろう! そうだな!?」
「おっ、ようやく俺のことがわかってきたようだな。もちろん――」
「ど、どいてくれ!」
返事を待たず、カナンは俺を乱暴に押しのけると、穴の向こう、俺の牢屋へと駆け込んでいった。
直後、ガタッと便座の蓋を上げる音。そして――
「あ、ああぁぁ~~……」
壁の向こうから、一人の騎士が救済された瞬間の、あまりに恍惚とした吐息が漏れ聞こえてきたのだった。




