92 暗闇からの浮上
どんよりとした暗闇の底から、意識がゆっくりと浮上してきた。
重いまぶたを無理やり押し上げる。視界に最初に映ったのは、じっとりと苔のむした石造りの天井だった。
天井近くには小さな明かり採りの窓があり、そこからかすかな光が差し込んでいる。部屋全体は夜目が利くエルフの俺だから視えているが、普通の人間ならほぼ真っ暗にしか見えないだろう。
ええと……なんで俺はこんなところにいるんだっけ。ぼんやりとした頭で記憶を探る。
――ああ、そうだ。
カナンを助けに行って、それから……オーガの一撃で砕け散ったフォレストゴーレムの破片が、俺の額に直撃したのだった。
「痛っ……!」
思い出した途端、額がずきずきと痛みだした。思わず手を伸ばそうして――
動かない。
見ると、俺の手足には太い荒縄がぐるぐると巻き付いていた。
……なるほど。どうやら俺は捕まったらしい。
とはいえ、こんなもので俺を拘束できるわけがない。
「【風刃(弱)】」
自分の手を切らないように慎重に制御しながら【風刃】でまずは手首の縄を、続いて足の縄を丁寧に切り裂く。
縄がほどけ、自由になった手でようやく額に触れると、そこには粗末な布切れが巻かれていた。さっと外すと、血がべったりとこびりついている。
手当てのつもりなのかもしれないが、こんな汚い布を巻かれたら感染症リスクが上がるんじゃね? これは早めに処置しておこう。
「【癒やしの花】」
地面が石畳じゃなくて土の床だったのは幸いだった。
固く締まった土を割り、健気に【癒やしの花】が一輪の花を咲かせる。俺はそいつをブチッと摘み上げた。
そして額に花粉を振りかけ、ついでに花弁をむしゃむしゃと食べておく。
「ふう……」
痛みがすっと引いていくのを感じながら、俺は改めて周囲を観察した。
ここは――四畳半ほどの土と石でできた狭い空間。すぐ近くには無骨な石の扉があり、天井に近い高い位置には鉄格子のはまった明かり採りの小さな窓がある。
……うん、これはどうみても牢屋だ。窓の外には雑草が伸びているのが見えるから、ここは半地下の牢屋なのだろう。
「まあ、その場で殺されなくてよかったな……」
生きてさえすれば、後はどうとでもなる。俺は土の床にごろんと横になりながら現状について考える。
ゴブリンに牢屋を作ったり人を拘束する知能があるとは思えない。オーガの知能については知らないが、消去法でここはおそらくオーガの集落なのだろう。小窓から差し込む光の具合を見るに、今は真夜中らしい。
傷は治ったが、身体は妙にダルい。【癒やしの花】で体力までは回復しないからな。
それなら、しばらくここで体力の回復に努めていたほうがよさそうだ。とりあえず朝までゆっくりしよう。
姫様たちは無事に逃げられただろうか。それとカナンはどうなったのだろう。助けにいったのに石が当たって気絶とか、さすがに恥ずかしすぎる。
そんなことをぼんやりと考えながら身体を休めていると、ふと妙な感覚に気づいた。
んー、なんだコレ?
捕まっているはずなのに、まったく焦りが湧いてこない。それどころか妙に落ち着くというか、なんともいえない安らぎがあるというか。
この感覚は――
「あっ、そうか」
俺はむくりと身体を起こし、改めて辺りを見回した。
狭い。静か。誰もいない。完全な個室。
……この牢屋って、引きこもりには理想的な環境じゃね?
森を焼かれて自宅から逃げ出して以来、【森の隠れ家】で個室を作ったりはした。
だがアレらは所詮は仮宿だ。どこか気分が落ち着かなかった。
しかしここには、俺が求めてやまなかった環境があるのだ。
俺は静かに立ち上がり、牢屋の中を見回しながら小さく笑った。
よし、決めた。
とりあえずこの牢屋――
俺の理想の引きこもり部屋にリフォームしてやろうじゃないか。




