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91 オーガ

 俺たちの前に現れたのは、禍々しい気配をまとった異形の鬼。


「えっ、なにアレ。なんだかまるで……オーガみたいなんだけど?」


 俺のつぶやきにセバスが答える。


「そのとおりでございます。あれはまさしくオーガ。……ですが私の知るどの個体よりも、はるかにおぞましい気配を感じますな……」


「マジか。あれが本物のオーガか……」


 ガキの頃、スーリヤなんかは親から『悪さをするとオーガにさらわれるよ』なんて言われてガチ泣きしてた。そんな恐怖の象徴がオーガである。案の定、横にいるスーリヤの顔は真っ青だよ。


 ちなみに俺は怒られる前に察するタイプだったので、両親にそんな脅し文句を使わせる機会すら与えなかった。精神年齢が大人なのに、大人に怒られるのはさすがに嫌すぎる。


 セバスが前を見据えたまま声を漏らす。


「オーガは強靭な肉体を持ち、戦いそのものを愉しむ種族です。その危険度はゴブリンの比ではありません」


「だろうな。俺もあんなのと真正面からやり合いたくないよ」


 今もオーガは邪魔なゴブリンを虫でも払うように吹き飛ばしながら、じりじりとこちらに近づいてきている。俺の【大地の呪縛(ガイアバインド)】で止められるかどうかも怪しいところだ。


「おーい、カナン! 戦略的撤退だ! あいつはちょっとレベルが違う!」


 俺は前線で剣を振り回しているカナンに叫んだ。


 オーガからはこれまでのどの魔物より濃密な魔素、そして肌を刺すような殺気を感じる。


 この森の中ですら、手を出すのが厄介だと思った相手はアイツが初めてだよ。正直、さっさと逃げ出したい。


 だがカナンは振り向きもせずに叫び返す。


「ならば私がしんがりを務めよう! 姫様の安全を確保するのが騎士の役目なのだ!」


「ボ!」


「むっ、そうか! 土人形、お前も一緒にやるのか!」


「ボ、ボ!」


「うむ、そのとおりだ! 我ら二人でこの場を死守するぞ!」


「ボ」


「わははははは!」


「ボボボボボボ!」


 カナンとフォレストゴーレムが熱くうなずき合っている。


 ……なんだアレ。共闘していくうちに、言葉の壁を超えて友情でも芽生えたのかよ。


「リーフ様、ここはカナンに任せるしかありません。我々は今すぐ――」


「いやいや、さすがにあのバカ一人を置いてはいけんだろ。絶対死ぬぜ? ……だから俺も残ってやる。あんなバカでも死なれたら俺の寝付きが悪くなるからな」


「リーフ様……」


「世界樹の力があれば、逃げるくらいならどうとでもなる。俺がオーガを足止めしてやるから、お前らは先に逃げとけ」


「……はっ。ご武運を!」


 セバスは深く一礼すると、迷いを断ち切るようにコテージへと駆け込んだ。残ったスーリヤが不安げに俺を見る。


「ねえリーフ、大丈夫だよね……?」


「当たり前だろ。世界樹パワーなめんな。スーリヤ、姫様はお前に任せた。面倒だけど護衛は約束だしな」


「うん。絶対に戻ってきてよ!」


「――リーフ!」


 コテージの扉が開き、アリスティアが飛び出してきた。


 目の前に広がるゴブリンがうごめき、オーガが暴れまわる光景に一瞬目を見開いた後、アリスティアは険しい顔を俺に向ける。


「姫様、さっさと逃げろ」


「でも、貴方が――」


「アホか。俺もバカ騎士を回収したらすぐに撤退する。とりあえず、ユグを引っ張り出して川の向こうまで戻れ。いつまでもお前らがいると、逃げられるもんも逃げられないんだよ」


「……っ。わかったわ。カナンは貴方に任せたわよ」


 アリスティアが唇を強く噛み締め、セバスたちを引き連れてコテージの裏手へと回った。


 そこにはユグが埋まっている。アイツを引っこ抜いて、そのまま川向こうまで戻るはずだ。


「さてと……」


 俺は小さく息を吐き、柵の向こう側へと走り出した。カナンがいる場所はまだかなり遠い。


「うおおおおお! オーガ! このカナンの剣を受けてみよ!」


 ゴブリンをばったばったと斬り伏せながら、カナンがオーガへと迫っていく。


 あのバカ騎士め。せめて俺が着くまで待てっての!


「ガアアアアアアアアア!」


 オーガが丸太のような棍棒を頭上に振り上げた。狙いはもちろんカナンだ。


「むうううんっ!」


 ――ガキィィンッッ!


 剣と棍棒が激突する。


 カナンがそのバカみたいな腕力で棍棒を真正面から受け止めた。凄まじい衝撃にカナンの両膝が沈み、オーガの口元が愉悦に歪む。


「ボ」


 そこへフォレストゴーレムが拳を振り下ろす。だがオーガは体格に似合わぬ素早さで軽やかに拳を避けた。


 俺はそれを横目に見ながら柵の外へと飛び出した。周りにはまだうじゃうじゃとゴブリンが残っている。


「邪魔だ!【大地の呪縛(ガイアバインド)】!」


 地面から太い樹木の根が噴き出し、周辺のゴブリンを一斉に絡め取る。


「ギャッギャッギャギャ!」


 身動きが取れなくなり混乱するゴブリンを素通りし、俺はオーガと対峙するカナンとフォレストゴーレムの元へと走った。


 走りながら叫ぶ。


「おい、カナン! お前もさっさと下がれ! 隙は俺が作ってやる!」


「なぜ来たのだリーフ! ここは私に任せて――」


「お前一人で食い止められる相手じゃないだろ! いいからさっさと退けってんだ! このバカ騎士が!」


 その瞬間だった。


「ガアアアアアアアアアアアアアアア!」


 オーガの棍棒が、フォレストゴーレムの顔面を正面から捉えた。横殴りの一撃だ。


 ――バギィィィンッ!


 耳障りな破壊音が響く。またたく間にフォレストゴーレムの頭部が粉々に粉砕された。


「土人形ッ!」


 フォレストゴーレムが膝をつき、カナンが叫ぶ。砕けた石塊が散弾のように辺りに四散した。


「……ん?」


 スローモーションのように視えた視界の端で、何かが高速でこちらに飛んできていた。


 え? なんだ? これ――


 ――ガッ!!


 次の瞬間、額に凄まじい激痛が走った。


 直接脳みそを揺さぶられるような衝撃。視界が急速に真っ暗に塗りつぶされていく。


「ウソだろ……。ついて……なさすぎ……」


 よりにもよって、フォレストゴーレムの破片が俺に直撃したのかよ。


 最後に見えたのは、地面にひれ伏すフォレストゴーレムと、オーガと対峙するカナンの後ろ姿。


 そして俺の意識は、そこで完全に途切れたのだった。

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