90 ゴブリンの襲撃
「むうっ、ゴブリンではないか!」
コテージの入口から、カナンが剣を片手に飛び出してきた。
「姫様に仇なす不埒な魔物め! このカナンが一匹残らず成敗してくれるっ! うおおおおおおお!」
勢いそのままに外壁の柵へと駆け寄ったカナンは、柱にしがみついていたゴブリンの胸を柱の隙間からズブリと突き刺した。
「グゲッ!」
胸を貫かれたゴブリンが短い断末魔を上げ、その場に崩れ落ちる。さらに一匹、二匹と同じようにサクサクと倒していくカナン。
そうして次々と始末していくなか、カナンがもどかしそうに叫んだ。
「リーフッ! 柵が邪魔すぎてゴブリンを倒しきれないではないか! 効率が悪すぎる、どうにかしろっ!」
「防衛のための柵なんだから、そりゃあそうだろ。普通はこうやって安全な場所から倒すもんだ――【石弾】」
バスッと低い音が響き、俺の指先から放たれた弾丸がゴブリンの額を正確に撃ち抜いた。
「【風刃】!」
さらにはカナンの後にコテージから出てきていたスーリヤが、鋭い風の刃を飛ばして柵際のゴブリンたちをまとめて切り裂いていく。
「見ろ。これがスマートな戦い方ってもんだ。ゴブリンは柵は越えられないみたいだし、このまま処理していくぞ」
「むうううううっ! それでは時間がいくらあっても足りん! なによりチマチマするのは性に合わないのだ! 今すぐ私を柵の外に出せ!」
「えぇぇ……大丈夫なのかよ。ウジャウジャやってきてるんだぞ?」
森の奥から次から次へとゴブリンがやってきているのだ。ここが囲まれるのも時間の問題だろう。
呆れ半分につぶやいた俺に、隣にやってきたセバスが落ち着いた声で付け加えた。
「カナンは騎士団の中でも、領内に現れたゴブリン討伐の腕前は随一でした。遅れをとることはないと思います。任せてみるのもよろしいかと」
「ゴブリンが得意ねえ……」
カナンの容赦ないトドメの刺しっぷりをみていると、なるほどそういう環境で鍛えられたのだなと妙に納得してしまう。
「わかったよ。じゃあ勝手に暴れてこい。けど、どうなっても知らんからな」
「私の大活躍を見せつけてやる! セバスさん、姫様の護衛はお任せしました!」
「うむ。こちらは私に任せなさい」
セバスが剣を手にしながらうなずく。ちなみに今、姫様とリムララはコテージの中で待機している。【森の隠れ家】は投石や弓矢程度ではビクともしないからな。
俺は指を軽く鳴らして目の前の柵の柱を一本、さらさらの砂へと還した。
その瞬間、カナンはものすごい勢いで飛び出していく。
「うおおおおー! 死にたいやつからかかってくるのだ! 一匹残らず肉片にしてくれる!」
ゴブリンの振るう石斧や棍棒を弾き飛ばしながら、剣を振るっていくカナン。
そして、それに応じるように巨影が動く。
「ボッ!」
――ズウウウウウンッ!
高台で待機していたフォレストゴーレムが重々しく跳躍し、軽く柵を飛び越えた。
地響きとともに何匹ものゴブリンがその下敷きになり、フォレストゴーレムはそのままゴブリンの群れの真っ只中で暴れ始めた。
巨体がブン回す丸太のような腕が振るわれるたび、ゴブリンたちがまるでピンポン球のように吹き飛んでいく。
「うわはははははは! 土人形! 貴様には負けーん!」
「ボ」
一人と一体が柵の外で大暴れだ。
この調子なら――意外と大丈夫そうだな。カナンのくせに。
とはいえ、もちろん警戒は怠らない。暴れまわるカナンやフォレストゴーレムの邪魔にならない程度に【石弾】を撃ち込みつつ、俺はセバスに話しかけた。
「なあセバス。俺はゴブリンなんて親から話を聞いたくらいで本物は初めて見たんだが、あいつらってどんな生き物なんだ?」
親から聞いた話もラノベやアニメのゴブリンと変わんないなくらいの感想だった。アルラウネの件もあったし、いちおう聞いておいたほうがいいよな。
「そうですね……。身長は人の子ども程度しかなく、個体としては鍛えた人族には遠く及びません。ですが……とにかく数が多い。繁殖能力が異常に高く、一度村を襲えば女をさらい、またたく間に勢力を拡大させるのです。決して侮っていい相手ではありません」
なるほど、やっぱりイメージ通りで間違いないらしい。さらにセバスは続ける。
「しかしながら……それでもなお、このゴブリンの量は異常です。やはりこれが魔の森といったところでしょうか。私の知る知識が、この魔の森でも通用するかは怪しいところです」
柵の向こうで戦うカナンを見据え、セバスがつぶやく。
たしかにそのとおりだ。なにせ魔素の多いこの森で生き残ってる種族。気を抜いていい相手ではないのだろう。
――そしてその懸念が、徐々に現実のものとなっていった。
最初は気づかなかった。カナンが剣を振り回し、フォレストゴーレムが拳を叩きつけるたび、ゴブリンたちが次々と倒れていく。
俺の【石弾】も確実に頭を撃ち抜き、スーリヤの【風刃】が切り刻む。順調すぎるくらい順調だ。
だが、数が一向に減らない。
そして押し寄せてくるゴブリンたちも、慣れてくればその表情が見えてくる。
ゴブリンの表情に浮かぶのは焦り、そして明確な恐怖。ヤツらは背後を気にしながら、何かに追い立てられるように殺到してきているように見えた。
「おい、セバス。これ……様子がおかしくないか。どういうことだ?」
「わかりません。ですが……これはマズい。――リーフ様。私は撤退を提案いたします!」
「同感だ。なんかヤバい予感しかしない」
俺の引きこもりセンサーも、なんだか遠くの方からビンビンにヤバめの気配を感じ始めていた。この予感はおそらく当たる。
「おい、スーリヤ。姫様を連れてさっさと逃げる準備を――」
ドオンッッ……!
その瞬間、空気が大きく震えた。
凄まじい振動とともに、ゴブリンの群れが紙くずのように吹き飛ばされる。
「ガオオオオオオオオオオオオッ!」
そして土煙の中、咆哮とともに巨大な影が近づいてきた。
フォレストゴーレムに並び立つほどの巨躯。盛り上がった筋肉と赤黒い肌。握られた巨大な棍棒にはゴブリンたちの血肉がどろりと滴っている。
なにより、頭頂から天を突くように伸びた二本の角。
俺たちの前に現れたのは、禍々しい気配をまとった異形の鬼だった。




