89 森の架け橋
俺たちは出来上がったばかりの【森の架け橋】をさっそく渡ることにした。
ズウン、ズウン……
ここでも先頭を歩くフォレストゴーレムが一歩踏み出すたび、樹木で組み上げられた橋が大きくしなる。その振動で足元がぐらりと揺れた。
「うぴいっ!」
最後尾でリムララが悲鳴を上げ、蔓で編まれた手すりに必死の形相でしがみつく。
「ひいぃぃぃっ……! こ、これ本当に大丈夫なんですかぁ……? い、いえ、リーフ様の魔法を疑ってるというわけではなくっ、あくまで一般論としてでしてぇ……!」
「んー大丈夫だろ、たぶん。もちろん試したことはないけどな」
「リーフってば、根拠がなくてもいつも自信たっぷりだよねー。でも、そんな言い方したら余計に怖がっちゃうって」
スーリヤが苦笑しながらリムララの隣に移動する。
「見て、リムララちゃん。あんな重そうなゴーレムが歩いても橋はなんともなってないでしょ? それに木って元々しなるようにできてるものだから、これくらいの揺れはふつーだと思うよ。ほら、深呼吸して一歩ずつ歩こうねー?」
「は、はいぃ……。スーリヤ様がそうおっしゃるなら……。リムララ行きますぅ……!」
生まれたての子鹿のように膝を震わせながら、ようやく歩き出すリムララ。
その上ではユグが眠ったまま、リムララの振動にガクンガクンと身体を揺らしている。
あれってヘタすれば、今にも大河にぽーんと落っこちてしまいそうなんだけど、どういうバランス感覚してるんだアイツ。
――そうしてリムララも歩き出してしばらく経ち、橋の真ん中あたりまで来たところで、アリスティアが眼下の激流を見下ろしながらぽつりと言った。
「それにしても……リーフのことだから、ラミアの村にも絶対に寄りたがると思ったのだけれど」
「ん? 寄ったほうがよかったか?」
「いいえ。村まで丸一日かかるんだし、そこから交渉となればさらに時間がかかるのは間違いないもの。行かずに済むならそれに越したことはないわ」
「だろ? もちろんラミア村にも興味があったけどさ。さすがに一日無駄に歩くとなるのはな。それに……」
「それに?」
「アルラウネ村で人混みに疲れた。もうこれ以上は引きこもりにはつらすぎる」
「……貴方って、本当に変なところでヘタれるわね」
呆れたように息を吐くアリスティア。王族として日々人に囲まれてきたお前には、引きこもりの繊細さは理解できまいよ。
◇◇◇
俺たちは橋を渡りきり、向こう岸へと足を踏み入れた。そしていよいよ日が傾き始める。キャンプの準備の時間である。
大河を挟んでこちら側は、アルラウネですら詳しく知らない未知の領域だ。
淀んだ魔素の気配が一段と濃くなり、俺たちが森の奥深くに踏み込んだことを嫌でも実感させた。ここからはさらなる警戒が必要だろう。
「【大地の柱】」
ズンッ……! ズンッ……!
地面が震え、土の柱が次々とせり上がる。高さ五メートルほどの太い杭が、等間隔で円を描くように並んでいく。
これなら巨大な魔物の突進を防げるし、柱の隙間から外の様子も窺えるだろう。
カナンが柱を拳でゴンゴンと叩きながらつぶやく。
「今夜はずいぶんと念入りなのだな」
「ああ、世界樹の加護に頼れない以上、さすがに今までと同じだと危ないだろうからな」
「ふむ、そういうものなのか? だがアルラウネ村はこれほど厳重ではなかっただろう。それならどうやって、あの平穏は保たれていたのだ?」
「魔の森にも縄張りがあるからでしょう」
カナンの疑問に答えたのはユグだ。ユグはリムララの荷物からゆっくりと降りながら語った。
「アルラウネたちも、昨日今日であの場所に住み着いたわけではありません。それこそ何十、何百年という年月をかけ、あの土地を自分たちの縄張りとして主張してきたのでしょう。外敵も学習します。危険な相手の縄張りには近づかなくなるものです」
「ふーん。でもさ、アルラウネって平和的っていうか……正直、戦闘力とかぜんぜんなさそうだったけどな」
アーマードボアには頭を悩ましていたようだったし、なによりいかにもギャルだ。縄張り争いとは無縁の種族に見える。
するとユグはやれやれと肩をすくめた。
「アルラウネの見た目に惑わされてはいけませんよ。あの樹木のような脚はお前の想像以上に強靭です。一度絡め取られれてしまえば、その力で強く締め上げて離しませんし、そのまま養分として吸い尽くすことだってできるのです」
「吸い尽くすってマジか」
俺はアルラウネが獲物を捕らえ、獲物がミイラ化している姿を想像して背筋が冷えた。
「それに髪に付いている花弁もただの飾りではありません。幻覚を誘う花粉、麻痺毒の花粉、魅了の香り――多種多様な効能を持っているはずです」
「えっ、あの花ってアクセサリーじゃなかったのか?」
「はあ……私はお前が心配になってきました」
呆れを隠さずに大きくため息をつくユグ。だが――
「むしろ知らなくてよかったんじゃないか? 先に聞いてたら、絶対に蜜は飲まなかっただろうし。知らぬが仏ってやつだな」
「私はアルラウネの生態について、ある程度学んでいたから知っていたわよ。だからリーフの度胸に感心していたのだけれど……なにも知らなかっただけなのね」
アリスティアがしらっとした目をこっちに向ける。
「でもさ、お陰でいろいろ上手くいったし、コーラももらえた。なにも問題ないよな。さすが俺だよ」
そうして俺が胸を張ると、なぜか周りの連中から深いため息が返ってきたのだった。解せぬ。
◇◇◇
それからユグ用の穴を掘り、ユグを埋める。
そして頭にバシャバシャと魔力入りの水をかけてやった。ユグは埋まったまま、気持ちよさそうに目をつむっている。
「知らない人が見たら、いじめてるようにしか見えないよね……」
スーリヤがつぶやくが、俺も同感である。
ユグを埋めた後は高台を築き、そこにフォレストゴーレムを配置。
硬い外壁に囲まれた不可侵のエリアに見張りの巨人。これなら大丈夫だろう。
「あっという間に砦が出来ちゃったわね……」
高台を眺めるアリスティアの独り言を聞き流しながら、俺は一夜砦の完成に満足げに腕を組んだのだった。
◇◇◇
夕食はアルラウネのお土産にもらった新鮮な野菜と、昼間に襲いかかってきたホーンラビットの肉をモリモリと食べた。そして平和な夜は過ぎ去って――早朝。
引きこもりセンサーが妙な違和感を拾い、俺はベッドからがばりと起きあがった。それからしばらく――
ガンッ!
硬い何かが【森の隠れ家】の外壁に激突する鈍い音が聞こえた。続けざまにドン、ドンと断続的な衝撃音。
俺はすぐさま外に出た。頭によぎるのは昨日聞いた縄張りの話。
そうだ。俺たちが今いるこの場所も、他の誰かの縄張りじゃないとは限らない。
そして俺が外で見たものは――
わらわらと土の柱に取り付き、粗末な石斧や棍棒を振り上げる緑の肌の集団。群れをなして襲いかかってくる典型的な魔物。
ゴブリンの襲撃だった。




