87 ハードモード
そうしてアルラウネ村を出発してからしばらく経ち――俺たちは異変に気づいた。
「【石弾】」
「グゲェーッ!」
放たれた弾丸がアビスバードの胴体を正確に撃ち抜く。魔鳥は赤い羽を撒き散らし、くるくると回転しながら地面に叩きつけられた。
「ふう……これで何匹目だ?」
げんなりとつぶやく俺にセバスが答える。
「これでちょうど三十匹目でございます。リーフ様、お疲れのようでしたら、少し休憩を挟みますか?」
「休憩したいのは山々なんだけどさあ、座った瞬間にまた襲われそうなんだよな。ぜんぜん気が休まんないって」
「それは確かにそうですな……」
セバスも苦い顔で空を見上げる。視線の先では数匹のアビスバードが旋回しながらこちらを窺っていた。
距離が離れすぎていて【石弾】は届かない。まったく鬱陶しいったらありゃしないよ。
アルラウネ村を出てからというもの、俺たちは途切れることなく魔物に襲われ続けていた。ストーンリザード、ホーンラビット、そして今のアビスバード――さっきからずっと絡まれまくりだ。明らかに異変である。
「私たちが事前に聞いていた魔の森は、むしろこういう状況だという話だったわ。今までが平和すぎたのかもしれないわね」
アリスティアが眉根を寄せながらつぶやく。
たしかに、これまで大物のアーマードボアこそ現れたが、それ以外は拍子抜けするほど平和だった。どこが魔の森だよと思っていたくらいだし。
「姫様。ご不安があるようでしたら一度アルラウネ村に引き返し、なんらかの対策を練るという案もありますが――」
「いやいや、もう結構歩いただろ。いまさら引き返すのも面倒だって」
セバスの案を俺が即座に遮る。さらにカナンも拳を握って語りだす。
「リーフの言うとおりです! それにあれほど盛大に見送られておきながら、おめおめと村に逃げ帰るのは、騎士の名折れでありますし……!」
「なに言ってんだカナン。そもそもお前、村だと空気だったじゃん。誰もお前のことなんか気にしないだろ」
「ぬううううっ! 言われてみれば、誰からも話しかけられなかったのだっ!」
悔しそうに地団駄を踏むカナン。そりゃあずっと素振りするか、姫様に近づくアルラウネを睨むしかしてなかったもんな。誰も話しかけないわ。
「その点、リーフはモテモテだったよねー?」
スーリヤがじとっとした目を向けてくる。俺だってモテたくてモテたわけじゃないぞ。むしろ一人にしてほしかったのだ。
そこでアリスティアがパンパンと手を叩く。
「はいはい、話を戻すわよ。セバス、戻ったところで対策があるとも限らないわ。それならこのまま進みましょう」
「承知いたしました」
「私も賛成です!」
「ユグ様はいかがでしょう?」
「にゃむ……。私もそれで構いません」
リムララの荷物の上にちょこんと乗ったユグが、眠たげに目を細めながら答える。
――そんな姿を眺めて、俺はようやく確信した。ここまで露骨に状況が変われば間違いないだろう。今回の原因はコイツだ。
「なあ、ユグ。今だいぶ疲れてるんだろ?」
「ええ。先日は森の拡張、そして昨晩は夜通しでアルラウネの施術。私がいかに偉大な世界樹とはいえ、疲労は蓄積します」
「ってことはだ。今まで魔物が寄ってこなかったのも、今こうして群がってくるのも――お前の影響なんじゃないか?」
「えっ、どゆこと? リーフ」
目を丸くするスーリヤに俺は淡々と説明する。
「ユグ自体が魔物避けになってたんだ。アーマードボアが襲ってきたときも、ユグを避けてるみたいだったし、なにか世界樹の加護が発現していたんじゃないのか? だというのに今はコレだろ。ユグが疲れて加護が消えていると思ったんだが」
俺の考えに、ユグがうつらうつらしながら答える。
「ふむ……たしかに。私という存在は、森において神聖にして不可侵の存在です。無意識に魔物を祓うのはむしろ当然のことと言えます」
「そうなんだ。ユグちゃんって偉そうなだけじゃなかったんだね」
「スーリヤ。私は偉そうではなくて偉いのです。敬いなさい」
「だったら今日は早めにキャンプして、ユグちゃんを休ませてあげた方が――」
「一泊程度では回復しませんよ。なによりこの辺りはまだ森の入口に過ぎません。これから森の中心に向かって進むのです。この程度で音を上げるようでは、先が思いやられますよ」
「うげっ。この先ハードモード確定なのかよ……」
俺の言葉にユグはこともなげに言い放つ。
「リーフ、お前ならどうとでもできるでしょう? なにせお前には世界樹の力が宿っているのですから」
「あー……。まあそれもそうか。ならなんとかなるか」
「貴方のその自信っていったいどこからくるのかしら……」
アリスティアが俺に呆れたような目を向ける。だが、そもそもだ。
俺が魔の森に来た最大の目的は、ここに引きこもりの拠点を作ることだ。人が近づかない秘境だからこそ、静かで誰にも邪魔されずに引きこもれる。
魔物が多いのは、むしろ望むところだろう。コーラを飲んで昔を思い出したりして、少し日和っていたのかもしれない。
「よし、それじゃやってみるか」
俺はさっそく世界樹の力を行使することにした。俺の代わりに魔物を倒すヤツがいればいいのだ。
「出てこい。【森の巨人】」
俺の魔力に反応し、地面が大きくうねり盛り上がる。土と根が絡み合い、轟音ともに巨大な人型が姿を現したのだった。




