85 赤ちゃん畑
結局、コーラの感想は真っ二つに分かれた。
アリスティアは発泡性のワインを嗜んでいた経験があるらしく、強烈な刺激に目を丸くしたものの、二口目からは落ち着いて味わい始めた。後味のほろ苦さも嫌いじゃないとのこと。どうやらお貴族様的には合格らしい。
……ちなみに無駄に照れていた件については完全に圧殺された。今後も話題になることはないだろう。
一方、人生初の炭酸経験となったスーリヤは、一口飲んだ瞬間に涙目になり「喉がチクチクするね。これはちょっと無理かも……」と、炭酸苦手のお婆ちゃんみたいな反応を見せていた。
どうやらコーラの炭酸、甘さ、苦みのハーモニーは万人受けするとまではいかなさそうだ。それがわかったのも収穫だろう。
そんな感じで朝食を終えた俺たちだったが、そのまま村を後にする――というわけにはいかない。
昨日、ユグの思いつきから降って湧いた、村の土壌改善という仕事が残っているのだ。
俺はさっそく族長の家へと向かった。同行するのはアリスティアとスーリヤ、そしてユグ。
セバスとカナン、リムララは出発に備えて旅支度を進めている。土壌改善が終われば、今日のうちに移動を開始する予定だ。
本音を言えば、コーラ目当てにもう一泊くらいのんびりしたいところだ。けれど俺とユグの都合で、すでに日程を遅らせているからな。
これ以上引き延ばすようなことになれば、遅れを取り戻すための強行軍になる可能性もある。それだけは避けねばならない。俺の体力はいつだって限界ギリギリなのだ。
◇◇◇
「ぐすん。赤ちゃん畑の件よね……。もう場所はもう決まっているの。広くって、日当たりがとても良い場所よお。ついてきてくれるかしら……ぐすっぐすっ……」
族長の家を訪れると、なぜか族長がメソメソと泣いていた。そして村の奥へと案内されながら、俺は思わず尋ねる。
「えっ、なに。なんで族長が泣いてんの……?」
俺の問いかけに族長の巨大な花弁がぶるんと震える。
「聞いてよ、リーフちゃん! 世界樹様ったら酷いのよぉ! 『お前はもう畑で子を生むのは無理です』って! そんなこと言うんだから! しくしくしく……」
「はあ……。私は事実を告げただけです。お前は歳を取りすぎたのです」
ユグがため息混じりに淡々と返す。どうやらユグの施術には適齢期があるらしく、族長はその対象外だったようだ。
「そんなあ、酷いですう! 私だってかわいい赤ちゃんをポコポコ産みたかったのにいっ!」
「まったく未練がましいったらないですね……。それなら、そこのリーフに相手してもらえばいいではありませんか。通常繁殖ならまだ可能なはずですし」
「げっ!」
いきなり何を言い出すんだコイツ。
「……っ! そうだわ、その手があったわ!」
うつむいていた族長がガバッと顔を上げ、爛々と輝く肉食獣のような目で俺を凝視する。怖い。
「ねえリーフちゃん、今晩どうかしら? 旅の思い出に、私とたっぷりしっぽり愛の根を絡み合わせましょ?」
「いや、俺はもう今日出発するし。というか断固拒否。カンベンして。これ以上無理やり誘うようなら今すぐ村を出る」
反論できないくらい矢継ぎ早に畳み掛けてやった。
というか、族長とは物理的なサイズ的に無理だろと思うんだけどな。
……いや、誘うからには可能なのか? 非常に気になるところだが、後が怖いのでこれ以上考えるのは止めておこう。
そして俺の拒絶に、族長はぷんぷんと頬をふくらませる。
「もうもうっ、リーフちゃんのいけずう……でも私は諦めないからね? いつか絶対に――あ、着いちゃったわ。ここよぉ」
族長が足を止める。そこは村の喧騒から少し離れた、見晴らしのいい広場だった。
周囲ではたくさんのアルラウネたちが遠巻きに集まり、興味津々でこちらを眺めている。その中にはバルベラの姿も見えたが、俺と目が合ったらスッと木陰に隠れてしまった。
まあいいや。さっさと仕事を始めよう。
「さてと……。ユグ、魔力を込めた土を作るんだよな?」
「はい。お前が世界樹の村にいた頃、定期的にスーリヤに渡していた肥料土があったでしょう? あれと同じ物が良いと思います」
するとスーリヤが若干顔を引きつらせながら口を開く。
「ああ、あの土を作るんだ……。アルラウネさんたち、びっくりしないかな……」
「びっくりって何がだよ」
「だって、あのリーフの肥料土を使うと、本当に収穫量が倍増するんだよね。異常に農作物が成長するから、みんな嬉しいを通り越して怖がっちゃって。最初の頃はあの肥料土で作ったものを食べても大丈夫なのかって、村の会議で議題になったくらいなんだから」
「ああ、そういえばそんなこと言ってたな」
「それを半分お花のアルラウネさんに使っちゃって大丈夫なのかなーって」
「ふむ……それは確かに一理ありますね」
ユグが顎に手をあて、しばし考える。
「ではこうしましょう。――族長」
「はぁい?」
「今からリーフが肥料土を作りますから、そこに埋まりなさい。お前は栄養繁殖が不可能ですから、実験台にちょうどよいです」
「実験台……。ぐすん、私、この村で一番偉いのにぃ……」
「私はもっと偉いです。敬いなさい。ではリーフ」
「はいはい……【掘削】」
俺はまず族長の根っこがすっぽりと埋まるほどの穴を掘った。そしてそこへ肥料となる土を作り出す。
土の一粒一粒を丁寧に魔力で包んで――と、さらさらと穴に流していったのだが、さすがにこのペースだと時間がかかりすぎる。俺は世界樹の力を使うことにした。
「【祝福の大地】」
魔法が発動する。
俺が作った肥料土と同質の土が、まるで工事現場の重機のように大量に穴へと流れ込んでいく。
そうしてあっという間に穴の中が黄金色に輝く土で満たされていった。やがて光は収まったが、土壌の中に濃密な魔力が含まれていることがはっきりとわかる。
「ここに根っこを入れるのね?」
「ああ、頼む」
「はぁい。よいしょっと――んんっ!?」
くわっと目を見開く族長。そして次の瞬間――
「とろけるわぁ~。なあにこれ~」
まるで日々の仕事に疲れ果てたOLが極上の足湯に浸かったような、とろけた顔をする族長。
「族長、どうですか。魔力に酔ったりはしていませんか?」
「してませぇん。とっても気持ちよくてぇ、むしろずっとここにいたいですう~。あのう、赤ちゃん生めなくてもここに通っていいですかあ?」
「それは好きになさい。さて、リーフ。どうやら問題なさそうです。ここ一帯の作業をお願いします」
「へいへい……」
ここ一帯って、ここは見渡す限りの平原で学校のグラウンドくらいの広さがあるんだが? いくら世界樹の力があるとはいえ、これはなかなかの重労働だ。
俺はげんなりしながらも、まずは【掘削】で地面を掘り起こし始めたのだった。




