83 バルベラの贖罪
しばらくユグの施術を眺めていた俺たち旅の一行だったが、特にやることもない。そこで俺たちはコテージに戻って眠ることになった。
各々がコテージへと帰って行く中、俺は一人で空き地に残り、バルベラを探す。
そして人混みから少し外れた場所で、ぽつんとユグの施術を眺めているバルベラを発見した。
「おい、バルベラ」
「ん? なんなんリーフ。まだ寝ないん? ウチはもうそろそろ寝るんだけどー」
「まあ待てよ。お前……俺をこの村に売ろうとしたよな? おかげで危うく襲われそうになったんだが?」
俺の言葉にバルベラはギョッと顔を引きつらせる。
「うげっ! やっぱ覚えてたかぁ……。で、でもさ、ハーレムってオトコの夢っしょ? スーリヤも彼氏じゃないって言ってたし、したら別にいいんじゃね? むしろリーフもハッピーじゃね? って思ってー」
「少なくとも俺はハッピーとは思わないんだが? というか、その『ハーレムはオトコの夢』って思想は、どこのどいつに吹き込まれたんだよ」
「そりゃもち、ウチのパパっしょ。ウチが物心ついたときにはもうシワシワのお爺ちゃんだったけど、マジみんなリスペクトしてたし。この村のファッションとか、しゃべり方を流行らしたのもパパなんだってー」
バルベラが自分の派手なスカートを摘んで、くるっと一回転してみせる。
……そういえばウン十年前までは、男の生き残りがいたんだよな。
そいつが筋金入りのギャル好きで、ハーレム思想を植え付けた元凶だったってわけだ。というか、シワシワになるまで頑張ったんだな。今は冥福を祈ろう。
「でもま、黙ってたのは悪かったよね。ごめんごめん、許して♡」
両手を合わせ、ぺろっと舌を出してウインクするバルベラ。……まあ最初から許してやるつもりなんだが――
「そうだな。お前らにも事情があったんだし、命に関わることでもなかったから許してやる。けど、ひとつだけ俺の頼みを聞いてくれよ」
「えっ、なにリーフ……。あー、ええと……ウチはエッチなのNGなんだけど……。けどOKなコならいっぱいいるだろし、代わりに誰か紹介してあげよっか。どんなコがタイプなん?」
「違うって。俺のお願いっていうのはだな。――蜜ジュースだよ」
「は? どゆこと?」
「お前の蜜ジュースが飲みたい。さあ今すぐ飲ませてくれ」
そう言って俺はマイコップを差し出した。
今日一日、俺はアルラウネたちの蜜ジュースを飲みまくった。きっと今の俺はこの村で一番の蜜ジュースソムリエだ。
甘さ、酸味、香り、後味……どれもが個性的で飽きのこないアルラウネの蜜ジュース。ここまできたらバルベラの蜜も飲まないことには終われないのだ。
「えっ? は? マジで? い、いや。それはちょっと……」
「そこをなんとか頼むよ」
「いやーウチも見てたけど、リーフてば蜜めっちゃ飲んでたっしょ? ならもういいじゃん。ウチのなんて飲む必要なくね? マジでマズいだろーし」
これまでのアルラウネは、みんな積極的に蜜を飲ませにきた。それを考えるとバルベラの態度には違和感を覚えるが……俺も引くわけにはいかない。
「マズいかどうかは飲んでみないとわからないだろ。とにかく一度飲ませてくれよ」
「ん~……」
俺のおねだりにバルベラは腕を組んで険しい顔をし、しばらく葛藤していたのだが――
「わかった。なんだかんだでリーフとユグちのおかげで村の問題も解決するみたいだしね。そのお礼ってことで……」
俺からコップを受け取り、渋々ながら了承してくれた。
「んじゃ、ちょっと待ってて。はあ~……」
深いため息を吐きながら、とぼとぼと茂みの奥へと消えていくバルベラ。
――しばらくして、バルベラはさらに重い足取りで戻ってきた。その手には、なみなみと蜜ジュースが注がれたコップがある。
「……はい。これがウチの蜜ジュースです」
顔を強張らせ、なぜか敬語のバルベラからコップを受け取る。
「おお、ありがと……な?」
そのコップの中を見て、俺は思わず二度見した。
「ほらぁ! やっぱウチの蜜ってヘンでしょ!? こんなんだから見せたくなかったんだってー! やっぱ返して、今すぐ捨てるからー!」
「待て待て! たしかに変わってはいるが、捨てることはないだろ!」
俺は奪い返そうとするバルベラを制止して、改めてコップを覗き込む。
バルベラの蜜ジュースは、たしかに異質だった。
これまでの誰とも違う色――真っ黒だったのである。しかも表面では、シュワシュワと細かい泡まで弾けているし。なんなのこれ? 正直怖い。
「こんなグロい蜜、村でウチだけなの……。いかにもマズそーだし毒みたいっしょ? 自分でも怖くて味見とかしたことないし、だからリーフに毒見させるみたいでヤじゃん? だからマジ飲まなくていいって……ぐすっ」
鼻をすすりながらバルベラが言う。だがそんなの関係ないのだ。
「いやだ。ここまできたら俺はアルラウネ蜜ジュースを極めるつもりだ。こうなったら毒でも絶対に飲むぞ。大丈夫だ、俺は毒に強い……多分」
いざというときは【癒やしの花】さんが仕事をしてくれるはずだ。
「バカッ! んじゃ勝手にすればっ!? ウチもう知らんから!」
「そうさせてもらう。いただきます」
俺は躊躇なく、その漆黒のシュワシュワ蜜ジュースを一気に喉へと流し込んだ。
ゴクンッ
その瞬間――
喉を焼くような強烈な刺激。
鼻腔を突き抜ける独特の香り。
そして追い打ちをかけるような、暴力的なまでの甘さと苦みの奔流――
「なっ……これ、は……!?」
俺はあまりの衝撃にふらりとよろめいた。
「ほらリーフ、やっぱ不味かったっしょ!? 今すぐ指突っ込んで吐き出しなって!」
「いや、違う……。あっ――」
不意に視界がにじんだ。自分の頬をつたう熱いものの正体に気づき、俺はその場に立ち尽くした。
「そうか。俺は今、泣いてるのか……」
「泣くほどマズいってヤバくね!? 毒以外のなにものでもないじゃん! ほら吐き出しなって!」
「いや、不味いわけないだろ。だってこれは――」
震える声で、俺はつぶやく。
「――コーラ、なのだから」
かつての日常の象徴。ジャンクフードのお供。炭酸飲料の王様。
俺は異世界に転生し、実に百年ぶりにコーラと再会したのだった。
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