80 アルラウネの歴史
族長が静かに、けれどどこか寂しげな声で語り始めた。
「この村ではね、新しい子たちはもう何十年も生まれていないの」
「やっぱりそうなんだな」
今日、村を歩いていて薄々感じていたことだ。
目に入るのはギャルなアルラウネばかりで、幼い子供の姿はどこにもなかった。まあ短期間で成体になる種族なのかもしれないし、それほど深くは考えてなかったけれど。
「私たちは女だけの単性種族。新しい命を宿すには、オトコの人となかよし♡ する必要があるのよ」
なかよし♡ て。まあいいや。
「それならさ、この森にはオークとかゴブリンもいるんだろ? あいつらじゃダメなのか?」
「ちょっ、リーフ君ひっどー!」「ビジュ的にあんなんマジ無理だし!」
アルラウネたちがプンスコと抗議をするが、族長は苦笑しながら連中をやんわりと制した。
「まあまあ、みんな落ち着きなさい? そういう疑問が出るのも当然なんだから。……それでね、リーフちゃん。試してみるまでもなく、過去には襲われて犠牲になった同胞もいたの。でも、生まれてきたのはアルラウネじゃなくて、オークやゴブリンだったわ」
悲しげに目を伏せる族長。
うっ……。軽い気持ちで質問したのだが、空気がちょっと重くなってしまった。早く質問を変えよう。
「そ、そうか。だったら、今まではどうしてたんだ?」
「昔はね、よく人が森に入ってきていたのよ。この森は魔素が濃くて計り知れない力を秘めているわ。こういう場所は人も惹きつけるの。冒険者と呼ばれる人たちや、そちらの王女様のお国から……調査兵団とか言ったかしら? そういう人たちがよく来ていたのよね。でも、それが最近はめったに見なくなって……」
眉を下げる族長に、アリスティアが静かに補足する。
「たしかに……お爺様の代から魔の森への調査は減少傾向にあります。兵への被害が増えすぎたことで、王国も慎重にならざるを得ないのでしょう」
「つまり族長はそういう連中をさらって、この村に監禁していたわけか」
「むっ、そういうわけじゃないけれど……。その前にひとついいかしら? リーフちゃん、私のことは『ママ』って呼んでね」
「族長」
「ママ」
「族長」
「ママ!」
「族長」
「ママ……!」
俺はアリスティアみたいに折れたりしないぞ。
今世の俺にとって母ちゃんと言えば、顔立ちが整いすぎて親なのに近寄りがたい雰囲気を漂わせる、あの母ちゃんしかいないからな。
特殊な界隈の人にとってはママと母ちゃんは別物なのかもしれないが、とにかく俺のマザーは一人でいい。
「族長」
「……わかりました。もう、族長でいいですう……」
「ママが折れた!」「マジか!」「バルベラ以来の快挙じゃん!」
へんにょりと眉を下げて花弁を垂らす族長の姿に、周囲からどよめきが広がる。いつの間にか、遠巻きに大勢のアルラウネが集まっていた。
その中には、夕方以降姿を見せなかったバルベラの姿もある。俺と目が合うとアイツは気まずそうに視線をそらした。
そういえば繁殖のことを言わなかったし、俺は明らかにバルベラに売られたんだよな。後で文句のひとつでも言ってやろう。
族長はコホンと一つ咳払いし、腰の折れた話を戻した。
「それでええと……さらってきたって話だけど、それは違うのよ?」
「というと?」
「私たちのいるような奥地にまで来る人たちって、みんな森で遭難してボロボロになった人たちばかりなの。放っておけば魔物の餌になるだけだわ。そういう人を保護するのよ。私たちにとってもオトコの人は貴重だし、とっても丁重に扱うの。監禁なんてしないんだから」
「……国に帰りたいと訴える人はいなかったのでしょうか?」
少々疑わしげに眉をひそめ、アリスティアが尋ねる。
「そうねえ……。みんな、遭難中で酷い目にあったみたいで……誰一人として帰りたいとは言わなかったわね。みんなこの村を好きになってくれたし、幸せな顔で一生を終えたわよ」
……まあ、そうなのかもな。普通の男からすれば、文字通りのハーレムだし。
「わかった。とにかく、そうやって男を確保していたのに、できなくなってきたわけだ」
「そうなのよう! 年々、この森の魔素は強くなっているのを感じるわ。それに伴って魔物も強くなっていって、外の人がますます入り込めなくなっているのよ」
そうして族長がため息をつき、チラッと俺を見た。
「……だからね、リーフちゃん。貴方にはずうっとここにいてもらって、気が向いたときでいいから、ぴゅっぴゅっと好きなコに――」
「それは断る」
即答だよ。考えるまでもない。
「ええーなんで!?」「いいじゃん、後腐れないよ!?」「責任取れとか言わないしー!」「みんなでリーフ君を大切にするから!」
周りのアルラウネからやんややんやと声が飛ぶ。
ええい、うるさい。責任の有無とかそういう問題じゃない。認知しようがしまいが、俺の子供が生まれることが問題なのだ。
俺はこの森で静かにのんびり引きこもる予定なんだぞ。それなのに同じ森に自分の血を引いた子供がわんさかいるなんて、精神的に落ち着かないにもほどがある。
「本当に無理かしら?」
「無理」
「長命であるエルフのリーフちゃんがいれば、私たちは長い間、繁殖の問題から解放されるの。だから絶対逃したくないのだけれど……こうなったら――仕方ないわね」
――ぞわり、と族長の気配が変わった。
甘ったるい空気が消えていき、一気に肌を刺すような重圧が立ち込める。
その気配にカナンは即座にアリスティアを背後に回し、セバスは腰を低く落とす。スーリヤは険しい顔で族長を見据え、リムララはわたわたしてその場に転んだ。
「俺がイヤだって言ったら、どうするっていうんだ……?」
俺もまた、いつでも迎撃ができる体勢を整えながら問いかける。
すると族長は、ゆっくり息を吸い込んで――
「泣くわ」
「へ?」
「泣いちゃう! リーフちゃんがうんって言ってくれるまで、ずうううっと泣いちゃうんだから!」
族長の言葉にアルラウネたちも続く。
「ママが泣いたらヤバいよ!」「マジぜんぜん泣き止まないし」「耳栓してても貫通ヨユー」「ウチ、涙で溺れそうになった」「悪いこと言わないから、ウンって言ったほうがいーよ!」
「……あのなあ」
がくりと肩を落とす俺と旅の一行。どうやらバトル展開は回避したらしい。でも、これはこれで面倒だ。
するとそこに、背後から声がかかった。
「やれやれ。騒がしいと思ってきてみれば……。まったく、おちおちと寝ていられませんね」
振り返ると、そこにはユグが立っていた。
どうやら騒ぎで起きてきたらしい。寝ぼけまなこでふらふら揺れながら俺の隣まで歩いてくる。
やがて族長の前に立ったユグは、そびえ立つ族長を見上げながら、
「交配ができないのなら、別の方法で生めばよいではありませんか」
なんでもないことのように、淡々と告げたのだった。




