76 アルラウネの村
いよいよバルベラの村が見えてきた。
そこは低い木々がぐるりと円形に外壁のように植えられ、内側には緑が広がる集落だった。
枝や蔓を編み上げて作られた住居は、壁面からも草花が咲き、屋根からはカーテンのように蔦が垂れ下がっている。まるで森の要素がそのまま家を形作ったようだ。
これがアルラウネの建築様式なのだろう。俺の【森の隠れ家】にも少し似ていて、なかなか趣深い。森大好きエルフの俺としても高ポイントな物件だよ。
そんな村のあちこちでは、アルラウネたちが楽しげにおしゃべりしている姿も見える。
バルベラだけが派手なギャル系なのかと思いきや、どうやら基本的に華やかな装いを好む種族らしい。カラフルすぎて目がチカチカするくらいだ。
そんな様子を遠目に眺めつつ、門代わりの木々のアーチをくぐった瞬間――村中の視線が一斉にこちらへと集中した。
そりゃまあ目立つだろうと思う。
なにより一番目立つのはリムララが背負っている、うず高く積まれた荷物。お土産のアーマードボアも加算され、その高さは昨日よりもマシマシだ。
さらにその頂上にはユグが鎮座しているのだから、目立たない方が無理がある。
ここまで高くなると恐怖がチラついてもおかしくないと思うのだが、それでもユグは降りてこなかった。
聞いてみたところ、どうしても歩きたくない&高いところから見下ろしたい――とのことらしい。
相変わらず偉そうだが、欲望のために高所をものともしない覚悟はなかなかのものだ。そういうところは俺も見習いたい。
「あっ、バルベラじゃーん」
すぐにわらわらとアルラウネたちが近づいてきた。派手で大きな髪飾りに色とりどりのネイル、ふわりと揺れるスカート。どれもが個性的だ。
「最近見かけんくて、心配してたってマジ」「どこ行ってたん?」「てかその人たち誰ー?」「荷物めっちゃ高くて草生える」
「おっすおっす。散歩に行ったらそこで色々あってねー。この人らは……まあお客サン? みたいな」
「ふーん。……って、オトコいんじゃん!」「えっ、マ!?」「うおっ、ガチじゃん……!」
視線が一斉に俺へと集まる。男ならセバスもいるんだけど、なぜか俺だけがロックオンされているようだ。
まあセバスも渋くていい男だが、俺のが若く見えるしイケメンだからな、注目されるのは仕方ない。
「ナンパしてきたん? バルベラやるう~」
「違うっての。とりま族長に会わせるつもりなんだけど、今起きてそ?」
「んー。多分いけるっしょ」
「そか。なら行ってくるわ」
「後で話を聞かせてよー」「ふふっ、ばいばい」「後であそぼーね」「ちゅっ♡」
なぜかアルラウネたちが俺にだけ、手を振ったり投げキッスしたりして去っていく。とりあえず軽く会釈だけ返しておくか、ぺこり。
そうして見送っていると、隣に立っていたアリスティアがくるっとこちらを向き、ムスッとしながら俺の顔を覗き込んだ。
「うん? なんだよ」
「あんなかわいい子たちにチヤホヤされて、さぞかし鼻の下を伸ばしてるんだろうな――と思ったのだけれど……あら、意外と普通ね?」
「かわいい……ねえ? まあそうか」
「なによ、その言い方」
「あのな、姫様。俺の出身を忘れたのか? エルフの住まう世界樹の森だぞ。顔面偏差値なんか高止まりしてる連中ばっかりのところに百年住んでたんだ。今さら顔がかわいい程度でデレデレするかよ」
俺からすれば、顔の造形が良いのなんて前提条件だ。だからスタイルの方が気になったりするんだよな。アリスティアの巨乳も然りだ。
ちなみにアルラウネたちは蔓のようにしなやかとでも言えばいいのか、スレンダー体型が多いようだった。そういうのは世界樹の森で間に合っているよ。
「それにモテてしまったら一人の時間が削られるだろ。俺は一人で引きこもりたいんだ。モテなんかクソくらえだよ」
「貴方って本当に変なところでストイックね……」
アリスティアが呆れたような顔でつぶやく。ほっといてくれ。
「ほいほい、突っ立ってたらまた別の子たちが来るし、とりあえず族長ところに行くよー?」
俺たちはバルベラに促され、長老の家へと向かった。
移動しながら村の景色を眺める。ここでは農業もやっているらしく、畑を耕しているアルラウネなんかもいた。
花を擬人化したような種族がクワを持って泥にまみれているのは、なんだか不思議なミスマッチだ。
アルラウネってなんとなく、花の蜜でも吸ってゆったり日向ぼっこをしているような生活をイメージしていたんだけどな。やはり食べるためには働かねばならないらしい。現実は厳しい。
それと、もうひとつ気付いたことがあった。
「なあバルベラ。アルラウネって男はいないのか?」
俺の質問に、バルベラが驚いたようにビクンと肩を揺らすと早口で答える。
「えっ、オ、オトコ? いるわけないっしょ。アルラウネは単一性別の種族だし」
「へえ、そういう種族なのか。いろいろ勉強になるなあ」
それじゃあやっぱり、植物的に株分けで子供が増えたりするのだろうか。
繁殖方法まで聞くとセクハラになりそうなので聞かないでおくが、やはりこの世は広いな。広さを感じすぎて気持ち悪くなってくるほどだ。早く狭い場所に引きこもりたい。
それからしばらく歩いて、俺たちは族長の家に到着した。
外見は他の住居と似ているけれど、その規模は一回り以上大きく、なにより使われている樹木の貫禄が段違いだ。
樹齢何百年、ヘタすりゃ何千年レベルの太い根が地面を這い、歴史の重みを感じさせる年代物の樹皮が強固な外壁を作り上げている。なんだか生きている神殿って雰囲気だよ。
「バルベラでーす。入るよー」
バルベラに続いて中へと入る。
内部はまるで体育館のような広々とした空間だった。
その広大な部屋の中央には、巨大で艶やかな深紅の花が一輪、まるで玉座のように鎮座していた。そこからは芳醇で甘い香りが漂ってきている。
「あらぁ、バルベラちゃん。帰ってきたのぉ?」
突然、やけにおっとりとした声が響いた。
それはたしかに中央の花の中から聞こえてきていた。バルベラも花に向かってひらひらと手を振る。
「ちーっす族長。お客さん連れてきたよ」
「その族長っていうの、止めなさいって言ってるでしょお? 私のことはママって呼びなさあい」
その言葉を合図に、巨大な花弁がゆっくりと開いていく。
幾重にも重なった花弁の中心から現れたのは、巨大な女の上半身だ。肌は透き通るような淡い緑色。髪は無数の細い蔦が絡み合い、生きているかのように優雅に揺れている。
ほわんとした柔らかな表情を浮かべていた女は、俺たちをゆっくり見渡して――
「あら……♡」
濡れたような女の瞳が、真っ直ぐに俺を捉える。
その瞬間、部屋に満ちていた甘い香りが一段と強まったような気がした。




