72 下準備
「てぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!」
気合いの入った掛け声とともに、リムララがアーマードボアの下腹部へナイフを差し込んだ。
初めて扱う魔物だというのにリムララのナイフは迷いなく滑っていき、内臓を避けながら皮と肉を鮮やかに開いていく。その手際は見ていて思わず感心するほどだ。
するとその様子を隣で眺めていたカナンが、突然身を乗り出して声を張り上げた。
「リムララッ! 私にもなにか手伝わせてくれないか! 私もこの魔物に一撃を加えずにはいられんのだっ!」
「えぇっ!? そ、それじゃあええとぉ……カナン様はここの関節に剣を入れて、骨を切り離してくれますか?」
「うむ、任されたぞ!」
カナンは大きくうなずくと、剣を振り上げて叫ぶ。
「姫様に牙を向けた愚かな魔物めっ! 死してなお、あの世で後悔するがいいっ!!」
ドガッ!
完全にオーバーキルな一撃が叩き込まれ、バキンと小気味良い音とともに脚の関節が外れた。
「わあっ! すごいです、カナン様!」
「はっはっは! 私にかかればご覧の通りだ!」
上機嫌に胸を張るカナンを見て、リムララも嬉しそうに笑う。
「残りも任せろ! 私がこの無礼者を八つ裂きにしてくれるっ!」
「お願いしますぅ~」
解体というより公開処刑のような有り様だが、結果として作業は進んでいるようだ。本当にアホみたいな光景だけど。
そんな騒がしい二人の様子を横目に、俺は自分のやるべきことに取りかかることにした。
ちなみにすでにスーリヤ、セバス、ユグの三人は、薪になりそうな枯れ木集めと食べられそうな野草や果実の探索に出かけている。
「それで、貴方は何をするつもり?」
いつの間にか、アリスティアが俺の隣にちょこんと腰を下ろしていた。
「そういうお前は何もやらないのかよ。ヒマそうにしてるけど」
「セバスたちについて行こうとしたんだけど『危険ですので』って止められちゃったのよ。……私だって、みんなの役に立ちたいのに」
ふくれっ面で答えるアリスティア。
まあ護衛対象が動き回るよりは、じっとしてもらったほうが助かるよな。俺なら喜んで一生じっとしている自信があるが、姫様的には不服らしい。
「それで、何をするの?」
「肉を焼く道具がないだろ? それを作ろうと思ってな」
「へえ……見学していてもいいかしら?」
「いいけど、邪魔するなよ」
「しないわよ。ほら、早く見せなさい」
「はいはい」
俺は魔力を集中させる。
本来なら土魔法で肉が焼けるような平たい板を作りたいところだが、魔力を込めると断熱効果も高まって熱が通りにくい。だから今回は網を作る。鉄網ならぬ土網だ。
網目を思い描きながら土を成形し、魔力を流し込んでカチカチに固めていく。簡単な作業だ。
「……よし、完成」
何枚か土網を作った後は、それを乗せるバーベキューコンロも作る。そして最後に食器も作ってみることにした。
土網と同じ要領で食器をイメージし、ひたすら作って並べていると、ここまで黙って見学していたアリスティアが首をかしげる。
「ねえ……お皿、ナイフ、フォーク……は、わかるのだけれど、この棒ってなに……?」
「棒? ああ、それかぁ」
アリスティアの視線の先にあったのは『箸』である。
ちなみに箸は世界樹の森にも存在しなかったのだが、俺が考案したことにしてスーリヤにも使い方を教えたりした。
スーリヤは箸の便利さに気づいたみたいだけど、他の連中にはいまいちだった。フォークで十分とのことだ。
「これは世界樹の森で使われていた『箸』って食器だ。……こうやって使う」
そう言って地面に転がっていた石ころを摘んでみせる。するとアリスティアが目を瞬かせた。
「へぇぇ……ずいぶん器用に指を使うのね。ねえリーフ、私もやってみていい!?」
「いいぞ、勝手に練習してな」
「するっ!」
俺が箸を手渡すと、アリスティアが真剣な顔で石ころに挑み始めた。
「あっ、むずかし……このっ……!」
そうしてアリスティアが箸で石ころを転がしている横で、俺はひたすら食器を作り続けた。
やがて人数分の食器が揃い、リムララがアーマードボアの解体を終わらせた頃――
アリスティアは見事な箸さばきで石ころを摘み上げ、俺に誇らしげに胸を張ったのだった。
◇◇◇
「リーフー。薪になりそうな木を拾ってきたよー」
「食べられそうな果実もありました」
「もぐもぐ」
探索に出ていた三人が戻ってきた。
枯れ木を抱えたスーリヤ、大量の果実と野草を袋に詰め込んだセバス、そして――桃色の果実を食べているユグ……?
「あれ? ユグ、お前って果物が食えるのか?」
「……? 当然でしょう。人の形をしているのですから」
「ああ、そうなのか?」
なんだよ、食えないわけじゃないのか。どうやら水しか飲まないのは好みの問題だったらしい。
まあ植物が何か食べてもおかしくはないか。【人喰い花】がいるくらいだしな。
そうして、いよいよアーマードボアの肉を焼こうとしたところで、俺はふと物足りなさを感じた。
……このままでも肉は食えるだろうが、やっぱり味付けがほしいんだよな。
すでに世界樹の力で石鹸代わりになる木の実を作っている。それならアレを作るくらい、できないはずがない。
「――よし、出てこい」
俺の意思に反応して、すぐに地面からにょきにょきと木が伸びてきた。その木にはポンポンポンと小さな実が鈴なりに生えていく。
さらにはその青い実はみるみるうちに黒く熟していった。
俺はその実を両手でこそぎ取ると、即席で作った土製すり鉢でゴリゴリと擦っていく。
途端にスパイシーな香りが俺の鼻腔をくすぐり始めた。クシャミしないように気をつけないとな。
するとアリスティアが目ざとく近づいてきた。
「ねえリーフ。それって……胡椒?」
「ああ、そうだ。……もしかして、胡椒に黄金と同じくらいの価値があったりするのか?」
「は? なに言ってるの。そんなわけないでしょ?」
アホを見るような目で見られた。どうやらそこまで貴重な物ではないらしい。
「でも、こんなものまで作れるのね……」
「むむっ、リーフ。何を作っているのだ?」
やってきたカナンがひょいっとすり鉢に顔を近づける。
「あっ、バカ――」
「ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ……ぶあっくっしょおおおおおおん!」
カナンのクソデカいクシャミが炸裂。俺の作ったコショウは見事に宙に舞い、吹き飛んでしまった。
その後、カナンに胡椒作りを全部やらせたのは言うまでもないことだが――ともあれ、こうして食事の準備が整ったのだった。




