71 魔物と戦った後は
森に再び静寂が戻る。
その静寂の中で――俺はさきほどまで感じていた例の気配が、完全に消えていることに気付いた。
さっきの戦闘を見て、恐れをなして逃げ出したのか。それともさらに警戒して距離を取ったのか。
どちらにせよ、背中に貼り付いていたようなムズムズが消えたことを、今はヨシとしておこう。
そうしてようやく大きく息を吐き出したところで、セバスが剣を鞘に戻しながら話しかけてきた。
「アーマードボアを一撃……さすがはリーフ様です。しかし、このような化け物が跋扈しているとは、やはり魔の森は恐ろしいところですな」
「フフン。世界樹の力があれば、あの程度の魔物は大したことありません。ですよね、リーフ?」
荷物の上からユグが得意げに胸を張る。
「ああ、そうだな」
「そうでしょう、そうでしょう。もっと敬ってもいいのですよ?」
機嫌よく口元を緩ませるユグ。まあたしかに終わってみれば瞬殺だったし、大したことなかったかもしれない。だが【大地の槍】も世界樹の力あっての魔法だし、アレが無ければどうなっていたことやらだ。
……うーむ。そう考えると魔の森に理想の引きこもり拠点を築くなら、世界樹の力が必須になりそうだ。それにユグにはもうひとつ、気になる点もある。
まあ、それはおいおい確かめるとして――
「姫様。今日はもうここまでってことで、移動は終わりでいいよな?」
「あんな戦いの後だし、それは構わないけれど……」
そう答えた直後、アリスティアは一瞬きょとんとした後、不安げな顔で駆け寄ってきた。
「やだ、ウソ。リーフ、もしかしてどこか怪我をしたの? どこが痛いの? 大丈夫?」
ぺたぺたと俺の身体を触るアリスティア。早めのキャンプ提案に不穏な気配を感じ取ったらしい。
「違う違う。怪我なんてしてないって。単純に歩き疲れてしんどいんだよ。膝がガクガクしてるし、今日はもう歩きたくない」
「え? ……も、もう! なによリーフ、紛らわしいこと言わないで!」
一転、アリスティアがプンスコと怒りだす。勝手に心配しといて随分な言い草だが、ともあれ了承は得られた。なら次にやることは決まっている。
「だったらメシにしようぜ。食材ならちょうど目の前に転がってるしな」
「……食材? ちょっと、貴方もしかしてコレを食べるつもり……?」
そう言いながら、アリスティアの視線が串刺しにされたアーマードボアへと向いていく。
「そうだよ、コイツだよ。セバス、いちおう聞くけどさ。コイツって食べられる魔物だよな?」
「い、いえ。私が他に覚えている記録では、かつて名うての冒険者パーティに討伐されたという話くらいでして、食用に適するかどうかまでは……」
セバスが微妙に引いている。そういやこの旅では一度も魔物を狩って食べたりしていないな。
魔物に出くわす機会もなかったし、捌いてるヒマもないからだと思っていたのだが……もしかすると王族や貴族的には、魔物を狩ってその場で食べるという行為自体、あまり上品ではないのかもしれない。
「そうか。……まあいいや。毒があって腹を下しても、【癒やしの花】でなんとかなるだろ」
「そうだねー。でも、きっと焼けばどうにかなるよ!」
スーリヤはすっかり乗り気である。こいつも肉大好きだもんな。
「それで……お前らはどうする? 別に食べないなら俺とスーリヤだけで食べるけど。お上品な王族の口には合わないかもしれないし、やめとくか?」
「……もちろん食べるわよ! 干し肉だけじゃいざというとき力が出なくなるもの。たとえマズくたって食べてみせるわ!」
ムキになって言い返すアリスティア。さらには、
「姫様が食べるのなら、もちろん私も食べるのだ!」
「不肖ながら、このセバス。毒見を務めさせていただきます」
「わ、私もいただいていいんですかぁ……?」
「不要です。私には水を用意しなさい」
ということで、ユグを除く全員でアーマードボアを食すことになったのだが――
「うーん、デカいな……」
改めて見ると、食べる以前に解体の段階で頭を抱えるレベルのデカさである。
「でしたら、私に解体をお任せくださいっ!」
そこで元気よく手を挙げたのがリムララだった。
「雑用係として魔物の解体にもよく駆り出されていました! 解体にはそこそこ自信があります。どうかお任せを!」
胸を張るその姿に一同の視線が集まる。
荷物運びにユグ運び。さらには魔物の解体まで。もしかしてコイツ、かなり有能なのでは?
「そうか、なら頼む。正直助かるわ」
「いえっ、私の方こそ……!」
少し照れながらリムララが言葉を続ける。
「魔術院では疲れ果てるまで雑用を押しつけられてましたから……。それに比べればまだ一日ですけど、ここは天国のようです!」
「リムララちゃんてば、苦労してきたんだねえ。今日はいっぱい食べるんだよ?」
「ありがとうございます、スーリヤ様。ふわわぁ……」
スーリヤがなでりなでりと優しく頭を撫でると、リムララは嬉しそうに目を細めた。
一見、歳上の女が幼女をいたわっている微笑ましい光景なのだが……。幼女の実年齢を考えると、なんとも言えない気分になるよな。
見た目が若いと気持ちも幼くなるものなのかね。この辺は要検証だな。
とにかく――こうして、ついさっきまで死闘が繰り広げられていた森の奥で、俺たちは久しぶりにまともな夕食の準備を始めたのだった。




