70 アーマードボア
木々をなぎ倒し、土煙を撒き散らしながら姿を現したのは、俺たちの背丈をはるかに超える巨大な魔物だった。
「グルォォォォォォォンッ!」
それは俺たちを品定めするかのように睨みつけると、森全体に聞こえるような大きな咆哮を響かせる。
腹の底から揺さぶられるような重低音に周辺の木々がざわめき、鳥たちが一斉に飛び立った。
「うぴぃっ! ごわいよぅうううう!」
完全に腰が引けたリムララの悲鳴が響く中、セバスがこわばった声を上げる。
「これは……アーマードボア! かつてこの一頭でいくつもの村が壊滅したとの記録も残る、A級指定の魔物です! それが、よもや魔の森に生息しているとは……!」
A級ってなんだ? ラノベでよくあった魔物の格付けだろうか。って、今はそんなことどうでもいい。とにかく目の前のヤバそうな魔物に集中だ。
コイツはアーマードボアの名の通り、全身を覆う灰色のゴツい体毛はまるで鋼の鎧のよう。その体格はまさに重量級。突進だけで大木をへし折るパワーがあるのも確認済みだ。
正直、これほどデカい魔物と対峙したのは初めてだ。
だが――だからといって、俺のやることは変わらない。俺はアーマードボアを見据えながら、すぐさま手の中で石の弾丸を創り始めた。
ぎゅいんぎゅいんと魔力を込め、最高で最硬のとっておきの弾丸を創り出していく。
するとアーマードボアはじろりと俺たちを睨みつけ、前脚で地面を何度もかき始めた。
「……来るぞっ!」
カナンの警告とほぼ同時。
「グルォオオオオオオオオンッ!」
爆音のような咆哮を上げ、アーマードボアが猛然と突進を開始した。
「セバス、カナン、避けろ!」
「はっ!」「うむっ!」
俺の声にセバスとカナンが即座に左右に跳躍。射線が開ける。
「――【石弾】!」
俺は真正面に突っ込んできたアーマードボアに向け、渾身の【石弾】を撃ち放った。
放たれた弾丸は一直線に飛んでいき、アーマードボアの眉間を貫く――はずだったが、
ギィィィンッ!
甲高い金属音。次の瞬間、眉間に当たった弾丸は何処かへと弾け飛んだ。
「はあぁぁ!? マジかよっ!!」
アーマードボアは倒れないどころか、速度を落とすこともない。額に小さな火花を散らしただけで、さらに加速し俺との距離を一気に詰めてくる。
「くっ……! 【大地の呪縛】ッ!」
俺は急いで地面から無数の樹木が這い上がらせた。これでヤツの全身を絡め取り、動きを止めたら今度こそ――
ブチブチブチブチブチンッ!
「はあああああああ!?」
信じられない光景が目の前で展開された。普通なら動きを止めるはずの樹木を、アーマードボアが突進の勢いだけで糸くずのように強引に引きちぎっていく。
「リーフ! 危ないのだっ!」
カナンが叫びが聞こえるが、もう避けきれない。そもそも俺は歩き疲れて足はガクガクだよ。
だから俺は――
「暴風!」
自分の足元に向けて、全力で魔法を叩き込んだ。そして爆風の反動で、体を無理やり横へと吹き飛ばす。
地面にゴロゴロと転がる俺のすぐ脇を、アーマードボアの巨体が通り過ぎる。その直後、背後の巨木が粉々に砕け散った。
すぐに顔を青くしたスーリヤが駆け寄ってくる。
「リーフ! 大丈夫なの!?」
「ああ、なんとかな。いや、マジでビビったわ……」
俺は泥を払いながら立ち上がった。視界の端では、こちらを向いて再び突撃の姿勢を整えるアーマードボアが見える。
「リーフ! アーマードボアは真っ直ぐにしか走れないわ! それを頭に入れてなんとか上手くやりなさい!」
アリスティアの声が響く。
なんとかってなんだよと思わなくもないが、俺はそもそも護衛役として同行している身だ。仕事として請け負った以上、逃げるわけにもいかない。
さっきはまさか渾身の【石弾】が弾かれるとは思わなかった。けれど、それなら別の場所を狙えば――
「ごっぢにごないでえええええ!」
リムララの声にハッと顔を向ける。
アーマードボアは俺を無視し、荷物を背負って一番目立つリムララに狙いを定めていた。
「こらっ、リーフ! 早くこの不敬なる者をなんとかするのです!」
荷物の上からユグがわめく。ぐらぐら揺れる荷物の上でなかなかすごいバランス感覚ではある。
「びえええええええっ!」
「ええい、来るな来るな! 不敬ですよ! 不敬!」
上と下、ダブルでやかましい。それだけ騒げば余計に自分たちにヘイトが向くだけだろ。
――と、思ったのだが、実際は違った。
アーマードボアがピクリと軽く体を震わせるとくるっと向きを変え――再び俺に視線を合わせたのだ。
あー、クソッ。さっき気付いたのだが、アーマードボアの短い尻尾――その下のケツの辺りには毛がなかった。
その無毛地帯目掛けて【石弾】をぶち込んでやろうと思っていたんだけどな!
まさかそれにアーマードボアが感づいたわけではないだろう。となると、やっぱり――
――いや、考えるのは後回しだ。
それよりアーマードボアが再び俺を狙ってきている。
「グルオオオオオオオオオンッ!」
咆哮と共に再び突進を仕掛けるアーマードボア。
しかし真っ直ぐ走るだけのイノシシ野郎なら動きは読みやすい。それならやれることは他にもある。
俺とアーマードボアの距離がどんどん縮まってくる。十メートル。八メートル。五メートル――タイミングが大事だ。
「リーフッ!!」
誰かの声が聞こえた。俺は動かない。
そして――最後の瞬間。俺は右手を突き出し、魔力を一点に凝縮させた。
「【大地の槍】!」
ズドォォォォォォオオオオンッ!
地面が割れ、鋭く尖った岩の槍が突き上がった。
狙うのは尻尾周りと同じく、剛毛に覆われていない腹部だ。
グチュッ……!
岩槍は柔らかい下腹部を貫通し、そのまま前脚を浮かせたアーマードボアの全身を貫いていく。
「グルォッ! グルルッ! グルウウォオオオンッ!」
身動きが取れない中、断末魔の叫び声を上げるアーマードボア。その巨体が激しく痙攣する。
固唾を呑んで見守る俺たち。その前でアーマードボアの動きは次第に小さく、緩慢になっていく。
そして一度だけビクンと大きく震えると、それを最後にアーマードボアは完全に動かなくなった。
森に再び静寂が戻る。
その静寂の中で――俺はさきほどまで感じていた例の気配が、完全に消えていることに気付いた。




