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7 帝国陣地にて

 ――世界樹の焼け跡。


 黒く炭化し、未だ煙が(くすぶ)り続ける世界樹の残骸。その周辺には燃え尽きた枝葉や灰が降り積もり、帝国兵の足跡がいたるところに刻まれている。


 兵士たちは膝をつき灰をまさぐり、焼け焦げた幹の裂け目に腕をねじ込みながら、必死の捜索を続けていた。


 焼け落ちた世界樹を中心に、半円状に広がる帝国軍のキャンプ。その一角で場に似つかぬ豪奢な椅子にふんぞり返った小太りの男が、苛立ちを隠すことなく怒号を響かせた。


「おいっ! 《《世界樹の種子》》はまだ見つからんのか!」


「みっ、見つかりません! どこを探してもそれらしきものは……!」


「世界樹は死期を悟ると次代を産み落とすと言われている。必ずこの近くにあるはずだ! 草の根を分けるどころか、灰の一粒の隅々まで徹底的に探し出せ!!」


「はっ、はい!」


 唾を撒き散らしながらの怒声に、兵士が直立不動で答える。男は貧乏揺すりをしながら、さらに言葉を続ける。


「それとウロに隠れていたエルフはどうした!? 男か女かは知らんが、どちらにしろ、ワシ自ら味見してやろうと決めておるのだ。早く連れてこんか!」


 一瞬だけ見えた美麗な容姿を思い出し、下卑た笑みを浮かべる男。だが次の報告を耳にした瞬間、その笑みは再び怒りに塗りつぶされる。


「そ、それも……発見できておりませんっ! ウロの中は完全にもぬけの殻でして……!」


「はあ……? 逃げたとでも言うつもりか!? あの火と煙の中を? ありえんっ! ならば近くで焼け死んでいるのだろうが! その死体すら見つけられんとは、本当に無能の集まりだな、貴様らは!」


 男は椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がった。


「いいかっ! よく聞け、とにかく種子だ! 世界樹の種子を探し出すのだ! 見つからなければ貴様らの首が飛ぶと思え! 我らが帝国は決して失敗を許さんぞっ!」


「は、ははーっ!!」


 兵士が逃げるように走り去る。その背中を睨みつけながら、男はギリギリと爪を噛んだ。


「クソッ……クソクソクソクソッ! ここで成果を上げ、陛下の覚えめでたく取り立てられるはずだったのに……! なぜだ、なぜこのワシがこんな辺境の森ごときで足止めを食らわねばならんのだ!」


 そのとき――背後から氷のように冷え切った声が届いた。


「フン。命令違反のうえ、肝心の種子を取り逃がしたのか」


「貴様っ、誰に向かってモノを――げえっ! ヴァルツ将軍!?」


 振り返った男の顔が、瞬時に恐怖で引きつる。


 そこに立っていたのは黒い鎧をまとった痩身の男――レストリア王国侵略の急先鋒、ヴァルツ将軍だった。


「貴様には、俺が近隣の制圧を終えるまで森の包囲を命じていたはずだ。……それがなぜ、勝手に兵を動かしている?」


「そ、それは……! こ、この程度の任務、ヴァルツ将軍のお手を(わずら)わすまでもないと思いまして……!」


「だが、結果はどうだ。未だ種子を見つけていないではないか」


「いっ、いえ! ですが、まもなく、まもなく手に入る予定で……! この遅れはすべて無能な兵どもが原因なのです! 当然、こやつらには厳しい処罰を――」


「無能はお前だ」


 ヴァルツの手が腰の剣に伸びる。男は驚愕に声を震わせた。


「なっ……!  ま、待て! ワ、ワシはグイレン男爵であるぞ! 将軍といえどもワシを――!!」


「――死ね」


 ヴァルツが剣を抜き放ち、一瞬で振り抜かれた。


「うぐっ、あ、ぁ……!」


 グイレン男爵は胸を押さえたまま言葉にならないうめき声を漏らすと、胸から鮮血を噴き出して灰の上に崩れ落ちる。


 ヴァルツは男爵の身体から血溜まりが広がっていく様子を冷ややかな目で見下ろしながら、傍らの兵士に淡々と告げる。


「グイレン男爵はエルフの反撃に遭い、名誉の戦死を遂げた。……そうだな?」


「そっ、その通りでありますっ!」


「グイレン男爵の無念はこの俺が晴らすとしよう。……では、状況を報告しろ」


 青ざめた兵士が震える声でこれまでの経過を報告する。それをヴァルツは黙って聞いていたが、やがて眉間に深いシワを刻みつつ吐き捨てた。


「……愚か者め。ウロにいたエルフが世界樹の種子を持ち、なにかしらの手段で逃げたのだ。高所からならこちらの進軍方向も規模もよく見えていたことだろう。まして無能の指揮する軍勢なぞ、特にわかりやすかったはずだ」


 ヴァルツは世界樹の残骸を剣先で指し示し、集まった兵士たちに号令をかける。


「進軍方向の真逆――森の南側を徹底的に捜索せよ。エルフの生死は問わん。邪魔なら即座に殺せ。だが――」


 一度言葉を切り、ヴァルツは世界樹を真っ直ぐ見据えたまま続けた。


「世界樹の種子だけは必ず回収しろ」


「「「「はっ!!」」」」


 号令とともに帝国兵たちは一斉に踵を返し、世界樹の残骸の向こう側へ駆け出していく。


 無数の松明の明かりが夜の闇を切り裂き、帝国軍はリーフたちが進んだ方向へ――本格的な追跡が始まったのだった。

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