68 森の朝
翌朝。昨夜は久しぶりの森の中、しかも完全な個室だったこともあり、久々にぐっすりと眠れた。世界樹が燃やされて以来、こんな深い眠りは初めてかもしれない。
……やっぱり魔の森は俺の居住地として理想的すぎる。正直、このまま住み着いてしまいたいくらいだ。
でもそのためには、まずはアリスティアたちの魔の森横断を手伝わなければならないんだよな。
ぶっちゃけ面倒ではあるが、約束は約束だ。それにこの魔の森に腰を据えるつもりなら、事前に探索しておくのも悪くはない。
よし、今日からいっちょ頑張るか――と、俺は気合を入れて外に出たわけだが。
俺のやる気は目の前の光景で、一瞬にして吹き飛んだ。
「うわっ、なんだこれ……」
視線の先には、俺が昨晩を埋めたユグらしき物体が相変わらず埋まっていたのだが――
「おはようございます、リーフ様。あの……これは一体どうすれば……」
年寄りは朝が早いからか、それとも護衛としての責任感か。セバスはとっくに起きていたらしく、困り果てた顔で俺を見る。
どうやら、俺がコレをなんとかするしかないらしい。
「おい、ユグ」
俺の声に地面の物体がぴくんと動く。
「む……もう朝ですか。ふぁぁぁ~……よく寝ました。もごもご」
「もごもごじゃねーよ。お前、顔面が虫だらけじゃねーか」
そうなのだ。まさに虫だらけ。ユグの頭部には蝶々やバッタ、カブトムシにカナブンといった、ありとあらゆる虫が隙間なくビッシリと張り付いていたのである。
もはやグロ画像レベルだよ。そりゃあセバスも対処に困るわ。
しかしユグは平然と、口に虫を咥えたまま話し始める。
「もごっ……。やはり虫たちにとっても、私は敬うべき存在なのです。畏れ多くも私の神々しさに本能は逆らえず、このように近づいてしまうのでしょう。リーフ、とりあえず私を引き抜いてください。もごもご」
「引っ張ってやるから、その前に虫をどうにかしてくれ」
前世の俺は虫嫌い……というか大人になると不思議と虫嫌いになる一般成人男性だったわけだが、今世では森に住んでるうちに苦手意識はなくなった。森なんて虫だらけだからな。それでも、さすがに限度ってヤツがある。
「仕方ありませんね。……さあ、お前たち。離れなさい」
ユグがそう告げた瞬間――
ブウウウゥゥゥゥゥゥゥウンッ!
「うぉわっ!?」
一斉に虫たちが飛び立ち、羽音を鳴らしながら森へ散っていった。……気持ちわるっ。
「ふふ、虫たちは素直ですね」
そんな虫を微笑ましく見つめるユグ。世界樹の感性がよくわからん。
そして俺は約束どおりユグを引っ張り上げてやる。ユグは隣に置いていた服を拾い、もぞもぞと着始めた。
まだ髪に絡まっていたクワガタを摘んで投げ捨てていると、向こうのコテージから女性陣がぞろぞろとやってきた。
スーリヤがユグを見るなり声を上げる。
「あっ、ユグちゃん! いないと思ったら……もしかして、また埋まっていたの!?」
「そうだよ。コイツはこうやって寝るのが一番落ち着くらしい」
「ふーん、そうなんだ。世界樹ってヘンなんだねー」
「だよな」
そんな俺とスーリヤの会話を聞き、ユグが不服そうに唇を尖らせる。
「虫ですら私に敬意を払うというのに、どうして世界樹に最も近しい存在であるエルフのお前たちは、ここまで私を敬わないのでしょう……」
「知らんがな」
「うーん、ユグちゃんはかわいいとは思うよ?」
「……不敬すぎます」
呆れたようにユグが俺たちを眺めていると――
「お、おはようございますっ。リーフ様……!」
そこへリムララがやってきて、ぺこりと頭を下げた。
その髪はつやつやで、薄汚れた肌もすっかり綺麗になっている。
「おっ、ずいぶん綺麗になったな。いいぞ、ずっとそのままでいろよ」
「き、きれいですかぁ!? あわわわわ……私、そんなこと生まれて初めて言われました……」
てれてれと照れるリムララ。
だが実際、薄汚れていないリムララはそれなりに可愛らしい。俺は興味はないが、特殊な性癖の紳士層には特に需要が高そうである。
するとカナンがリムララをかばうように立ち、俺をキッと睨みつける。
「リムララ、気をつけるのだ。リーフはいつもこうして甘い言葉で私を誘惑しているのだからな……!」
「えぇぇっ!?」
「アホか。お前がいつも勝手に勘違いするだけだろ。俺はお前の自己評価の高さに毎回ドン引きしてるよ」
「むうううっ! なんたる屈辱!」
「あらあら、カナンのかわいさが分からないなんて、リーフの目は節穴ね」
「姫様ぁ……!」
「よしよし」
いつもどおりアリスティアがカナンを甘やかしている。こんなんだから、カナンはいつまで経ってもバカなんだと思うんだけどな。
◇◇◇
俺たちは朝食を摂りながら、今日の予定を話し合った。
魔の森の横断は順調に行って十日ほどかかるらしい。魔の森の広さについては、かつてワイバーンで上空から調査済みだそうだ。
それにしても――
「ん? どしたのリーフ」
尋ねるスーリヤに俺は首を振る。
「……いや、なんでもない。それより、そろそろ出発しようぜ」
こうして俺たちはコテージを解体した後、移動することにした。
――だが。
遠くから感じる視線は、まだ消えない。
付かず離れずの距離を保ったまま、俺たちの一団を追ってきているようだった。




