67 長風呂
「うひいいぃぃっ、ただですら私にお風呂だなんて申し訳ないのに、アリスティア様とご一緒だなんて……恐れ多すぎて死んでしまいますぅぅぅ!」
「そんなので死んだりしないってば。それに姫様もいいって言ってるんだからいいの! ほら入るよっ!」
「うぴぴいいぃぃぃぃっ!」
魔の森の端に突如として現れたコテージ。
その一角に設けられた大浴場に一糸まとわぬ姿のスーリヤが、同じく裸で悲鳴を上げ続けるリムララを半ば引きずるようにして入ってきた。
「あら、ようやく来たのね。待ってたわよ」
肩まで湯船に浸かったアリスティアが、心地よい熱に頬を上気させながら二人を迎える。
「ひぇぇっ、ア、アリスティア様……すみませんすみません! 私ごときがこのような立派なお風呂をご一緒するなんて……! ――って、うわっ、本当にすごい、なにこれぇ!」
壁も床も天井も、すべてが樹木で構成された大浴場を見回し、リムララは思わず声を上げる。
畏怖よりも好奇心が勝ったのか、ようやく抵抗をやめたリムララをスーリヤが洗い場へと座らせた。
「はいはい、お風呂見学は後ね。まずは汚れを落としちゃおう。――ていっ」
スーリヤは手のひらをかざすと、そこから適温に調整されたお湯が勢いよく噴き出し、リムララの頭に惜しみなくかけられていく。
「ひうぇぇぇえええ! ……あ、あったかい!? ですぅぅ……ふぁぁぁ……」
最初は身を強張らせていたリムララだったが、やがて肩の力が抜け、気の抜けた吐息がこぼれる。
その様子をアリスティアの隣で湯船に浸かっていたカナンが感心したように腕組みをしながら眺めていた。
「うーむ。やはりスーリヤの魔法は見事なのだ」
「あはは。褒めてくれるのは嬉しいけど、たいしたことないと思うよ。リーフに比べたら全然だし」
その言葉にアリスティアが呆れたような表情を浮かべる。
「あのねぇスーリヤ。水温を自在に操って、安定して供給を続ける――これって十分に高度な魔法技術よ? 貴方の場合はね、比較対象がおかし過ぎるのよ……」
規格外の魔法を平然と使いこなす引きこもりの顔を思い出し、アリスティアはため息をつく。するとスーリヤはリムララの背中を流しながら懐かしそうに目を細めた。
「そもそもお湯の魔法はね、リーフに仕込まれたんだー。『俺は忙しいんだ。風呂に入りたいなら、お湯くらい自分で出せるようになれよ』って」
「むうっ……。あの男ならいかにも言いそうなのだ! 女性にはもっと優しくあれっ!」
「あはは……。でもね、リーフって面倒くさそうに文句を言いながらも、魔法のコツをつきっきりで教えてくれてたんだよ。魔力の流し方とか感覚の掴み方とか……。その甲斐もあって、初めて思い通りにお湯が出せるようになったとき、本当に嬉しかったなー」
スーリヤが当時を思い出したのか、やわらかな笑みを浮かべる。
「……さてと。リムララちゃん、だいぶ綺麗になってきたねー。次はこれを使おっか」
スーリヤが浴場の隅に用意していた木の実をリムララに手渡す。
「ふぇぇ、これはなんなのですかぁ?」
「この木の実で擦ると泡が出て、汚れもよく落ちるんだよ。ほら、やってみて」
「こ、こうでしょうかぁ……?」
リムララが木の実をおそるおそる身体に擦り付ける。すると木の実からふわりと甘い香りの泡が広がり、あっという間にリムララの全身を包みこんだ。
「この実もねー、リーフが世界樹の力を使って作ったんだよ」
「私もうこの木の実なしじゃ、お風呂に入れないかもしれないわ……。だってこれ、王都のどんな高級洗髪剤よりも汚れがよく落ちて、いい匂いするのよ?」
アリスティアの言葉に苦笑を浮かべつつ、スーリヤはその泡をリムララの頭に移して優しく洗っていく。
「目つぶっててねー。かゆいところはない?」
「ふわわあわわぁ……とっても気持ちいいですぅ。ありがとうございますぅぅ~」
泥と埃が落ちていくにつれ、やがてリムララ本来の張りのある瑞々しい肌が現れていく。その様子に頬を緩ませながら、スーリヤはふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、リムララちゃんって魔力感知が得意なんでしょ? 魔法は何が使えるの?」
「土魔法を少々……くらいですぅ。魔法感知は得意ですけど、魔法自体はそれほど――あっ……そういえばっ!」
リムララがはっとしたように顔を上げた。
「ここへ来る途中、壊れたお風呂の残骸みたいなものを見かけたのですけどぉ……。あれって、リーフ様が土魔法で作られたものでしょうか?」
「あー、お風呂ね。うん、それは間違いなくリーフのものだと思うよ」
「やっぱり、そうだったんですねぇ……」
「それがどうかしたの?」
「私はぁ、帝国魔術院の雑用係として帝国の軍人さんのいろいろな魔法を見てきましたけどぉ……。それでもリーフ様の魔法は、規格外としか言い用がないとんでもないものでぇ……。あのぅ、リーフ様って一体何者なのですか?」
リムララの問いかけにスーリヤが首をひねりながら答える。
「うーん……何者って言われても……。変人の引きこもりとしか言えないけどなあ」
スーリヤのあまりに身も蓋もない言葉に、アリスティアは思わず吹き出した。
「ぷっ、変人の引きこもり……。彼には悪いけど、たしかにそれ以外に言いようがないわね」
アリスティアがくすくすと笑いながら、湯船に深く沈み込んだ。
「ねえスーリヤ。よかったら今日は……リーフのことをもっと教えてくれないかしら」
「んー、でもリーフってずっと引きこもってるから。私もよく知らないしわかんないことが多いんだよねー」
「好きな食べ物とか、子供の頃の話とか……そんな他愛もないことでいいの。私、こんなにも助けられているのに、彼のことを何も知らない気がするのよ」
「そっか、それならいいよ。ええと、そうだなー……。リーフはね、今は旅だからって我慢してるみたいなんだけど、本当は味にもすっごくうるさくてね。十歳頃には自分で料理を始めて――」
――女性たちの穏やかな長風呂が続いていく。こうして、魔の森の一夜は静かに更けていったのだった。




