65 タネ子
その後、俺が他の連中から簡単な質疑応答を受けることになり――しばらくして全員が、偉そうな緑髪の幼女が『世界樹の種子』であることに納得したようだった。
そうして混乱がひと段落したところで、俺はふと気がつく。
「なあ、元種」
「その呼び方はやめなさい。私はすでに発芽しているのです」
「それだよ、それ。お前、名前とかあるのか? 今まで俺との脳内会話だけだったから適当でよかったけど、知り合いも増えたし呼び名がないと不便だろ」
「そういえば……母様からは『愛しい我が子』としか呼ばれてませんでしたね。どうやら私には個別の名前がなかったようです」
元種は「ふむ」とアゴに手を当て、少し考え込んだ。そして胸を張り、高らかに声を上げる。
「ならば今後は、私のことを『至高にして究極なる緑の聖母』とでも呼んで――」
「却下だ。長すぎる」
即答だよ、アホらしい。すると今度は元種があっさりと言い放つ。
「ではリーフ、お前が決めていいですよ。そもそも私にとって名前など、どうでもよいのです。存在自体がすでに尊く、名前によって価値が揺らぐことなどありえないのですから」
「そうか。それなら……」
俺はこめかみの辺りをぽりぽりとかきながら考える。
ええと……たしか、前世では北欧神話で世界樹のことをユグドラシルって言ったはずだ。だったら、世界樹になりかけってことで――
「『ユグ』ってのはどうだ」
すると、俺の前世の知識を少しばかり知っている元種が、呆れたような目を向けてきた。
「……それって安直すぎませんか? お前はセンスがありませんね」
「わかった。それじゃあ『タネ子』な」
「ユグでいいです。ユグにしてください」
食い気味に訂正する元種。どうやらコイツの中でタネ子は無理だったらしい。俺は悪くない名前だと思うんだけどな。全国のタネ子さんに謝れ。
ともあれ、こうしてクソ生意気な緑髪の幼女は、『ユグ』という名前に落ち着いたのだった。
◇◇◇
すると今度は、これまで黙って成り行きを見守っていたアリスティアがおずおずと口を開く。
「あの……ユグ様、よろしいでしょうか」
「なんですか? アリスティア」
「私たちはこの魔の森を通り、王都へと向かう旅の途中なのですが……ユグ様は今後いかがされるおつもりでしょうか?」
「その辺の事情は種子の頃から把握しています。……もちろん、お前が私とリーフが会話していることを信じていなかった件も覚えていますよ?」
「うっ……」
意地悪そうにニヤリと笑われ、アリスティアが言葉に詰まる。だがユグは特に気にした様子もなく続けた。
「帝国のクソどもに平穏をかき乱されたという点では、私もお前も同じです。お前を王都に送り届けることが帝国の嫌がる結果になるのなら、お前の旅に同行してやるのもやぶさかではありません」
「ク、クソ……。い、いえ、ありがとうございます。ユグ様」
帝国アンチ全開なユグの物言いに一瞬戸惑いつつも、アリスティアは深々と頭を下げた。
それにしても……普段はなにかと偉そうなアリスティアが、世界樹の化身であるユグ相手にここまで気を使っているのは、新鮮な光景だった。
王国って地理的には世界樹の森と隣接していたし、もしかすると元々なにかしら関わりがあったのかもしれない。
だが、そんなことより俺には一つ、どうしても気になることがあった。
「なあ、ユグ。旅に同行するのはいいとして……お前ってなにかできることがあるのか?」
同行してやると、あれだけ偉そうに言うくらいだ。なにかあるに違いない。しかし俺の問いかけに、ユグはきょとんと小首をかしげた。
「……? 私という存在自体が同行すること自体が、大変な誉れであるでしょう。それ以外になにか必要なのですか?」
「わ、私はユグ様がいてくだされば、それだけで心強いです!」
「ふふん、そうでしょうそうでしょう」
すかさずユグを持ち上げるアリスティアに、ユグは満足そうな笑みを浮かべる。……なるほど。要するに偉そうなだけで、なにもできることはないらしい。
とはいえ、それはつまり種だった頃となにも変わらないということだ。そう考えると、今さら気にすることでもないか。
こうして、とりあえずの話し合いは終了したのだった。
◇◇◇
日が落ちる頃にリムララが持ち運んでいた保存食を食べ、そろそろ野営の準備という時間帯になった。
昨日までは俺が一人で土製コンテナハウス。アリスティアとスーリヤが馬車、カナンとセバスが見張りという配置だったのだが――馬車はすでに破壊され、人数も二人増えた。
この状況で俺だけコンテナハウスというのも、さすがに気が引けるよな――
そんなことを考えていると、スーリヤがやたらと期待のこもった眼差しで俺を見つめていることに気がついた。
「……なんだよ?」
「ぬふふ。リーフ、ありがとねー」
つんつんと俺の胸をつつきながら笑うスーリヤ。どうやら俺の考えは完全にお見通しらしい。
こういうのが、百年来の幼馴染のイヤなところだよ。
俺はわざとらしく大きなため息を吐くと、観念して森の大地に向かって念じた。
「――【森の隠れ家】」




