63 リムララ
「ちょっと待ったー! 話は聞かせてもらったよ!」
ふんすと鼻息も荒く、スーリヤが勢いよく割り込んできた。
「……スーリヤ、話を聞いてたならわかるだろ? この件はもう解決したんだ。俺たちはコイツの命を助けた。そしてコイツは自由になった。ほら、これ以上ないハッピーエンドだ」
「なに言ってるの。こんな小さな子を一人で放り出すなんて、かわいそうでしょ?」
「小さな子って……お前、ちゃんと話を聞いてたか? コイツは三十三歳のドワーフだぞ」
「えっ、あっ、そうなんだ。でもホラ、私たちエルフから見たら十分若いじゃん。だから助けてあげよ? ね?」
スーリヤが眉をハの字にして、上目遣いで俺を見つめる。
「うっ……」
その視線に俺は思わず言葉が詰まった。
これまで俺は、スーリヤのおせっかいには散々世話になり、充実した引きこもりライフを送ってきた。それだけに今さら『余計なおせっかいはするな』とは、とても言えない立場なのである。
どうしたものかと黙り込んでいると、アリスティアとセバスも合流してきた。スーリヤはすかさずアリスティアに事情を説明する。
「――ってわけなんだよ。姫様はどう思う?」
「うーん、そうねえ……」
頬に手を当てながら、アリスティアはリムララをじっと見下ろす。
ちなみに王族オーラにでも圧倒されたのか、リムララはアリスティアが来てからというもの、ずっと自主的にその場にひれ伏している。
地面に額をこすりつけるその姿が、あまりにも板についていてなんとも不憫だ。
「彼女もまた、帝国の横暴の被害者……そう考えるなら、見捨てるわけにもいかないわね」
「ですが姫様。これからの道中、余計な世話を焼く余裕はありませんぞ。我々はいよいよ魔の森へと入るのですから」
セバスの冷静な意見にアリスティアは少し考えた後、口を開く。
「リムララと言いましたね。今聞いたとおり、私たちはこれから魔の森へと入り、そこから王都へと向かいます。あなたはそれでも構いませんか?」
「ここで一人っきりにされるより、そちらのほうがずっとありがたいですぅ~!」
地面にべったり額をつけたままリムララが即答する。
それを見てアリスティアは小さくうなずき、王族らしい現実的かつ慈悲深い提案をした。
「それなら、貴方を荷物運びとして雇いましょう。ドワーフは力が強いと聞くわ。ちょうど馬車が壊されて、物資を運ぶ人手が足りないもの。……これなら彼女の安全も確保できるし、私たちも助かる。どうかしら?」
「わあっ、いいねそれ! さすが姫様! よかったね、リムララ!」
スーリヤがはしゃぎ、リムララの肩をゆさゆさと揺さぶる。
「はいっ! ありがとうござじゃいましゅぅ~!」
額に砂を付けたまま、リムララが感涙にむせんでいる。こうしてドワーフのリムララが、労働力として俺たち一行に加わることになった。
どうやらアリスティアもスーリヤに負けず劣らずのお人好しのようだな。
◇◇◇
俺たちは破壊された馬車の場所まで戻り、寝具や食料など使えそうな物資を回収した。なお、森はちょうどこの辺りで途切れ、この先は元の平原が広がっている。
回収を終え、さっそくリムララに大きな荷物を背負わせることになった。
本当に持てるのかと疑問に思っていたのだが、リムララは自分の姿が完全に隠れるほどの荷物を背負い、平然と歩いていく。
……種族補正ってやっぱりすごいな。そして普通の人族であるはずのカナンの体力のヤバさを再確認した。
こうして俺たちは折り返し、再び森の中を進んでいく。
道中、カナンを追っていた帝国兵の残党が何人か潜んでいたが、俺の気配感知からは逃れられない。先手を取って、カナンとセバスが各個撃破していった。
ちなみに当初はリムララが『ま、魔力感知なら私におまかせくださいぃ!』と張り切って役立つアピールをしていたのだが、リムララが感知するより前にすべて俺が感知してしまうので出番はなかった。
自信喪失してしょんぼりするリムララだったが、魔力感知ごときで引きこもりの気配察知に勝てるわけないのだ。大人しく肉体労働で存在感を出してほしい。
そうして最後の帝国兵をカナンが仕留めたところで、アリスティアが辺りを見回してつぶやいた。
「それにしても……魔の森って言われてるけど、案外普通の森なのね……」
「そりゃそうだ。この辺は、まだ種のヤツが広げた森でしかないからな。……とはいえ、少しずつ魔の森の気配は感じるけど」
「へえ……。なにか違いがあるの?」
「なんていうか……じっとりとした魔素が漂ってきてるんだよなあ。これはたしかに世間でヤバい森と言われてるのもわからんでもない」
「ですぅ……。さっきから足の震えが止まらないですぅ……」
やはり魔素を感じるのか、リムララがぶるぶると震えながらつぶやく。荷物が落ちそうになってるから、できれば踏ん張ってほしい。
魔素が溜まる場所には、強力な魔物が生まれやすい――なんて話を、かつて両親から聞いたことがある。
世界樹の森も魔素は多い方だったが、あそこは世界樹パワーのおかげか魔素が循環していて淀むことはなかった。
「ふぅん……。魔の森では頼りにしてるわよ、リーフ。――って言いたいところだけど……貴方のソレ、本当にどうにかならないの?」
アリスティアから呆れたような声が聞こえたが、俺は黙ってスーリヤの背中を見つめながら歩いていた。
今日の俺は十分頑張った。本当なら今すぐ引きこもりたい。だがそれができない以上、せめて視界をスーリヤの背中で塞ぐしかないのだ。
「はぁ……。さっきはかっこよかったのに台無しだわ……」
なにやらぶつぶつ言ってるが、エルフイヤーには丸聞こえだ。しかし俺は他人の評価なんて気にしない。
そういう生き方は前世で捨てたのだ。なによりエルフの俺がかっこいいのは当然だしな。
それからさらにしばらく歩くとカナンが声を上げた。
「そろそろ魔の森の入口だった辺りです。私はあの辺りに種を埋めました」
「……っ!」
全員が息を呑む声が聞こえた。
その雰囲気に俺はスーリヤの肩越しに前を見た。カナンが指差す先――そこを見て、全員が凍りついたように顔をこわばらせている。
「ん? なんか見えるな。……って、えっ?」
地面には、ぽつんと生首が立っていた。
そしてその生首が、急にぐるりとこちらを向く。
「遅かったですね。待っていましたよ、リーフ」
「うわああああああ! 生首がシャベッタアアアアアアアアアアアア!!」
「やれやれ……。以前も似たような反応をされましたね」
俺の叫びに生首が呆れたように、そうつぶやいたのだった。




