60 起死回生
カナンを先頭にして、森がまるで津波のように殺到してくる。
草花が生え、蔓がうねり、樹木があたりに伸び散らかし――それはまるで森そのものが明確な意志を持って自分たちの領域を強引に広げている、まさに侵略のような光景だった。
「え? ……なんだアレ? ハチャメチャが押し寄せてきてるんだけど?」
このままワクワクを百倍にして、パーティの主役になったりするのか??
――なんて懐かしいフレーズが脳裏をよぎるが、それどころじゃない。
凄まじい森の勢いはとどまる気配もなく、耳をつんざく地響きと共に俺たちのすぐ近くまで迫ってきていた。
そして――森を先導するかのように俺たちの目の前までやってきたカナンは、猛烈な土煙を上げて急停止するとビシッと敬礼を決める。
「姫様っ! カナン=アルブレンド、ただいま戻ってまいりました!」
そんなどうでもいい敬礼の間にも、背後の森は容赦なく広がり続けていった。
俺たちの周囲に柔らかな草木を生やし、俺たちを通り過ぎてそのまま帝国兵たちの足元へと侵食していく。
「ひいっ!」「うわああああああ!」「なんだよこれぇ!」「助けてくれ!」
もともと人畜無害な草木のはずだが、あまりにも非常識すぎる光景だったせいか、帝国兵たちは恐慌状態に陥っていた。
先ほどまで勝ち誇っていたギリクもまた、信じられないものを見るかのように視線をさまよわせ、顔を青ざめさせている。
そんなカオスな状況の中――アリスティアはカナンを見てぎこちなくもにこりと笑う。
「お、おかえりなさい、カナン。それで、これは一体……」
漠然と問うアリスティアに、カナンはグッと胸を張って答えた。
「私にもよくわかりませんっ! リーフから預かった種を魔の森の地面に埋めた途端、いきなり森が広がり始めたのです!」
「そ、そうなの……」
がくっと肩を落とすアリスティア。だがすぐにカナンが言葉を付け足す。
「あっ。でも、それから地面から声が聞こえてきました!」
「声、ですか」
「はいっ! 『お前に伝言を命じます。――リーフ、これならどうとでもなるでしょう。さっさと帝国軍をぶちのめして、私の元へと来なさい――と、伝えるのです。分かったらさっさと行きなさい』とのことでした!」
「ぶちのめ……えっ、なに?」
首をかしげるアリスティアだが、俺にはよくわかった。相変わらずの偉そうなこの口ぶりは、種のヤツで間違いない。
「そのあと森が広がっていったので、ひとまず私は折り返して戻ってきたというわけです! ……えーと、それから、私を追いかけてた兵士は途中で全員息切れして倒れてました!」
この体力バカに付き合ってしまった者の末路である。合掌。
……まあ、そいつらのことは後回しでいいだろう。カナンと種が舞台を整えてくれたのなら、次は俺の番だ。
俺は背後から聞こえる怒声に視線を向ける。
「――貴様らっ、うろたえるなッ! 森があふれたから何だというのだ! こんなもの、ただの森でしかないだろうが!」
「で、ですがギリク様っ! これは樹木の……森の呪いなのでは!?」「わ、我々もサイロス様のように……」「ひいっ!」「いやだ!」「助けてくれ!」
慌てふためく兵士たちをギリクが必死に叱咤している。
どうやら混乱の原因は森の呪いとやらも関係してそうだ。サイロスがどうのって言ってるし、帝国軍はサイロスの成れの果てを見てきたのかもしれない。全然関係ないんだけど、ビビってくれる分には好都合だな。
そしてギリク本人も冷静ではないのだろう。周辺の異変に状況が飲み込めず、俺たちを放置しているところからも明白だ。
しかし、ギリクの言うことにも一理ある。
とんでもない勢いで樹木が生えてきたが、結局こんなものは所詮『ただの森』だ。
ほのかに緑が香る、出来立てホヤホヤの、ただの森でしかないのだが――
ここは俺にとって、起死回生のバトルフィールドなのだ。
「生えてこい、【癒やしの花】」
呼びかけに応じ、這いつくばる俺の手元に【癒やしの花】がポコポコと生えてきた。
俺はそれを掴み取ると、花弁ごと噛みちぎってゴクンと飲み込む。
次の瞬間、喉の焼けつくような痛みや全身を打った鈍痛が、涼やかな水に洗い流されるようにスウッと消えていく。体が軽くなり、さっきまで感じていた倦怠感もウソのようになくなった。
「やっぱり食べても効くのか。……ほら、お前らも食べるか傷に当てるか好きにしてくれ」
俺はシャキッと立ち上がり、アリスティアたちにも花を手渡す。そして全員が花を手に取ったのを見届けると、ギリクに向き直った。




