59 絶体絶命
「逃がさん、絶対に逃がさんぞ! 下等種族めが! その身を焼かれながら己の無能を嘆くがいい! フハハハハハハ!」
ギリクの狂ったような哄笑と背後から迫る爆音を聞きながら、俺たちはただひたすらに後退を続けた。
けれどもちろん、逃げるだけでなく足止めも忘れない。
「【掘削】!」
仮設トイレ作りに大活躍した、単なる穴掘り魔法だ。だがそれが発動した瞬間、地面が一気に大きく抉れ、
「おわぁっ!?」「ぎゃっ!」
追撃に夢中で、足元がおろそかになっていた兵士たちが派手に転倒する声が響く。多少の時間稼ぎにはなるだろう。なるだろうが――
「ひい、ひぃ。ぜぇぜえ……はあ、はあ……ひぃ~……」
俺の呼吸は完全に息切れ状態だった。魔力切れを心配していたけれど、それ以前に体力切れの方がヤバい。
肺は焼けるように痛いし、足はもつれて視界が激しく揺れる。ここにきて、引きこもりの弱点である体力不足が俺を苦境へと追い詰めていた。
そんな中、ちょうど俺の目の前には意外と身体も鍛えているのか、綺麗なフォームで走るアリスティアの背中があった。
「お、おい! 姫様っ!」
「はあ、はあっ……。なによリーフ!?」
汗で濡れた髪を振り乱しながら振り返るアリスティア。
「悪い、姫様。俺の体力がもう限界だ。俺を背負って逃げてくれ!」
そんな俺のお願いに、アリスティアが目をひん剥いて叫ぶ。
「は? はあああああああ!? そういうのって普通、男性が女性を守るためにやる役目でしょう!?」
「男女差別反対! 俺の方が先に脱落しそうなんだから常識的に考えて姫様が俺を運ぶべきだろ!」
「もうっ! このバカ! 貴方って本当にバカ! ……くうぅっ! 仕方ないわね――」
アリスティアが怒鳴りながらも足を緩めかけた、その時だった。
背後から詠唱の声。振り返ると真っ赤な【火球】が一直線に迫ってきていた。
「【土壁】! ぐっ……!」
疲労困憊の状態では、当然ながら集中力も魔法の精度も落ちる。
かろうじて作り出した俺の【土壁】は、【火球】にいともたやすく粉砕され――
次の瞬間、爆風が俺に直撃した。俺の身体は宙を舞い、地面に叩きつけられて、二転三転とゴロゴロ転がる。
「ぐえっ!」
「リーフ!!」
「ハハハハハハ! 無様だな、長耳め! そのまま消し炭にしてやろう!」
スーリヤとアリスティアが叫ぶ中、追いついたギリクが勝ち誇った顔で俺を見下ろす。
するとその時、必死の形相のアリスティアが倒れた俺とギリクの間に割って入った。
「待ちなさい! ……この男はただの護衛です。彼の命を助けるというなら、私は大人しく従い――」
「ハッ、バカめが! もう忘れたのか!? お前の身柄など、もはや我々にとって何の価値もないのだ!」
吐き捨てるように叫ぶギリク。
……だが、ふとアリスティアを上から下まで舐め回すように眺めると、急に下卑た笑みを浮かべた。
「……しかし、そうだな。公的には貴様を殺したことにして、私が飼ってやるというのも……悪くないな。ククク……」
「なっ……! この痴れ者め!」
ギリクから欲望に濁った視線を浴びせられ、いつも自信たっぷりに身体を見せつけるアリスティアが、心底嫌悪した表情で自らの身体を隠すように抱きしめた。
スーリヤは魔力切れで膝をつき、セバスもまたアリスティアをかばって爆風をまともに浴びて動けない。
あー、これはマジでヤバいかな……。
今さらながら本気でそう思い始めた、そんな時だった。
俺のエルフイヤーが地響きのような奇妙な振動音を捉えた。
――ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……!
さらに振動音に混じって聞こえるのは、
「ひーめーさーまー! ごぶじでしょうかー! ついでにリーフもー!」
間の抜けた、完全に場違いなバカっぽい声。
ギリクが正面を向いたまま、驚愕に顔をこわばらせている。俺は這いつくばりながら自分の背後を振り返った。
そこにいたのは――全力疾走でこちらに駆けてくるカナンの姿。
だが異常なのは、カナンの背後だ。
カナンの足跡を追うかのように、地面を這い、土を割りながら、草花が、蔓が、蔦が、木々が――つまりは『森』そのものが、凄まじい勢いでこちらへと押し寄せてきていたのだった。




