56 奥の手
『でしたら、せめて私だけでも魔の森まで逃がしてください。それくらいならなんとかなりませんか?』
「は? ……はぁ!? お前、この期に及んで自分だけ助かろうってか? そんなこと――」
『違います、愚か者。少しは落ち着きなさい』
いつもはやたら噛みついてくる種が、珍しく感情を抑えた声で言葉を続ける。
『私を逃がし、魔の森に埋めることで、私の力は強まることでしょう。その世界樹の力に賭けろと言っているのです』
「むっ……それは――」
一発逆転の賭けとしてアリな気がする。
このまま正面からやり合っても勝ち目が薄いのは明白だし、ぶっちゃけこの場に種がいたところで別に戦力になるわけでもない。それならワンチャン、世界樹のワケのわからん力に賭けてみるのも悪くないかも。
「でもさ、お前を埋めたとして、ここから魔の森まではかなりの距離があるぞ? 森に行ったお前が、どうやってここにいる俺たちに力を貸すんだよ」
『そこは心配いりません。私に考えがあります』
考えってなんだ、ソレを言えよと思ったが――うだうだと話をしているヒマもない。俺は一瞬だけ歯を食いしばり、覚悟を決める。
「……わかった。お前をなんとか魔の森まで運んでやる」
『頼みましたよ、リーフ。――お前に世界樹の祝福を』
その言葉を最後に脳内の声はぷつりと途切れた。
よし、方針は決まった。後は実行するだけだ。
……とはいえ、俺の足と体力じゃとてもじゃないが魔の森までたどり着けないんだよな。そしてそれができるのは――
「――だから! 恐れ多くも王女殿下であるアリスティア姫様と、こんな引きこもりを同列に扱うこと自体おかしいのだ! 今すぐその言葉を取り消せ!」
このバカ騎士しかいない。
そしてバカ騎士は俺と種がやり取りしている間も、変わらずギリク相手にわめき続けていた。うーん、アホだな。
しかしさすがに我慢の限界が来たようだ。ギリクはこめかみに青筋を浮かべ、吐き捨てるように言い放つ。
「チッ……。知性が欠落した連中には話が通じん。……不愉快だ、まずは貴様から消し炭にしてやろう」
ギリクが手のひらをカナンに向け、周囲の空気がわずかに歪む。その瞬間、俺は大きく声を張り上げた。
「おい、ギリク!」
「……あ?」
「俺の秘術が気になるんだろう? だったらこれからたっぷり教えてやるよ。――俺が相手だ」
「ほう……エルフ風情が、大きく出たな」
ギリクは手を下ろし、興味深そうに口元を歪める。俺はすぐさまカナンに自分の鞄を押しつけた。
「カナン。お前はこれを持って魔の森に行け。そして種を森に埋めてこい」
カナンの顔がぽっと赤くなる。
「なっ……! そ、そうか。命に代えても私を守りたいというお前の気持ち、たしかに受け取った。……だが、それでも私が一番大事なのはやはり姫様であり――」
「また盛大に勘違いしてやがるバカ。これが巡り巡って姫様のためになるんだよバカ」
「むううっ! そんなにバカバカと――」
「カナン」
アリスティアが静かな声で割って入った。
「私から命じます。種を魔の森に埋めてきなさい。急いで」
「――はっ! 姫様のご命令とあらば! リーフ、必ず戻る! それまで代わりに姫様を頼むのだ!」
「いいからさっさと行ってこい!」
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
鞄を胸に抱き、カナンが全速力で森に向かって走り出した。それを見てギリクが叫ぶ。
「ヤツを逃がすな! 追って殺せ!」
「「「「「はっ!」」」」」
ギリクの号令に、多くの兵士が一斉にカナンを追って走り出す。バカめ、全速力で走り出したカナンに追いつけるわけがない。魔法使いならなおさらだ。
……というか、偶然の結果だが、かなりの数の兵士がカナンについていってくれたぞ。
アホな問答でヘイトを集めまくったおかげか? 盾役として、カナンが初めてまともに役立った瞬間かもしれない。
これなら、なんとかなるか? ……いや、絶対になんとかしなければならないんだよな。
俺は深く息を吐き、アリスティアに視線を向けた。
「姫様、バカの説得助かった」
「何か考えがあるんでしょ? それに一枚噛ませてもらっただけよ」
不敵に笑うアリスティア。
そして俺は改めてギリクと向き直した。さて、ここからが正念場だ。




