55 ギリクとアリスティア、それとバカ
「私はレストリア王国第一王女、アリスティア=セレク=レストリアです。頭が高い、控えなさい!」
凛とした声が静まり返った平原に鋭く響き渡った。おおぅ……なんだか久々にアリスティアの王族っぽいところを見た気がする。
「フン、虚勢だけは一人前のようだな」
だがギリクは気にする様子もなく鼻で笑うと、アリスティアを値踏みするように不躾に見つめながら言葉を続けた。
「それでは王女よ。貴様には我らが帝国から捕縛命令が出ている。大人しく帝国まで付き合ってもらおうか」
「行かせるわけにはいかん! 姫様は私が守る!」
真っ先にアリスティアの前に躍り出て剣を抜いたのは、もちろんカナンだ。
その背後ではセバスも無言のまま剣を構え、二人でアリスティアをかばうように立ち塞がる。
ついでにスーリヤもちょっとオロオロしながらセバスの横に立っていた。ちなみに俺は一歩引いた位置で様子見してるよ。
「ハッ、貴様らごときに何ができるというのだ。それに……」
ギリクは言葉を切り、周囲をぐるりと見回した。何かを探しているようだが――
「……随分と人数が少ないではないか。護衛はどうした?」
妙なことを口にするギリク。護衛はどうしたって言われても、護衛は俺たちなんだけど?
「私たちが護衛だ! 姫様は――私たちが守るっ!」
カナンがまた似たようなセリフを叫んで剣を構えると、ギリクは明らかに納得がいかない様子で眉をひそめ、独り言のようにつぶやき始めた。
「……おかしい。護衛がたったこれだけの規模であるはずがない。だが、追走中も他の馬車や伏兵は確認できなかった。しかし、サイロスの部隊を壊滅させたあの【石弾】の物量……。あの一斉掃射を行うにはまとまった数の護衛が必要なはず――おいっ! どうなっている!」
苛立ちを隠さず、ギリクが傍らに控えていた幼女を呼びつける。
ビクッと肩を跳ねさせた幼女は、ぷるぷると震えながら――どういうわけか俺を指差した。
「あ、あの、あのっ、ギリク様……! 感知した魔力と同じなのは、あちらの男の人、ただ一人だけですぅ……。ほ、他には、誰もいませんっ……!」
「……何だと?」
ギリクが眉間に深いシワが寄せながら俺を見る。そこで初めて俺とギリクの目が真っ向からかち合った。
「チッ、エルフか……。おい、答えろ。サイロスを殺したのは貴様か?」
「答える義務はねーな」
ぶっきらぼうに返してやると、ギリクの表情が露骨に歪む。どうやら見た目どおり、プライドの高いエリート様のようだ。
「フン……いいだろう。それならば貴様を捕らえた後、地獄の責め苦を与えながらじっくりと吐かせてやることにしよう。――総員、あのエルフの男だけは死なない程度に痛めつけろ! 残りの護衛はすべて殺せ! 王女も……邪魔になるようなら殺して構わん!」
「「「「「はっ!」」」」」
「は?」
え、ちょっと待って。どういうこと? 姫様は殺していいけど、俺は生け捕り?
王女より俺の方が優先度高いの? いつの間にか下剋上やっちゃった? と俺が聞き返すよりも早く、案の定ブチ切れたのがバカ騎士カナンである。
「おいィ! 姫様よりこんな男の命を優先するとは何事だ!」
「ああ? 我らが魔術院の長、ロスターザ様は人の樹木化の全容を何よりも望んでおられる。もちろん我らにとっても秘術の解明こそが至上命題だ。亡国の姫の命など二の次に過ぎん」
「なっ……! バカを言うな! 姫様の方が価値が高いに決まっている!」
バカ騎士が声を荒げて言い返す。――と、その時。
『リーフ、正直に答えてください』
「ん?」
鞄の中の種が、やけに落ち着いた声で問いかけてきた。
『この状況で、我々が生き残ることはできそうですか?』
「うーん。ぶっちゃけ……この人数相手に全員を生かすとなると、かなり厳しいよなあ。なんとかならんものかと今必死に考えてるところだよ」
『……そうですか』
一瞬の沈黙。そして次に来た言葉は――
『でしたら、せめて私だけでも魔の森まで逃がしてください。それくらいならなんとかなりませんか?』
「は?」




