54 ワイバーン部隊
俺は馬車の窓から首を突き出し、空を見上げる。
雲一つない空の下。そこには巨大な翼を広げたトカゲのような怪物――ワイバーンが、整然とした編隊を組んで迫ってきていた。
見たところ一匹のワイバーンの背中に騎乗しているのは一人。そして腹の辺りに吊るされたカゴには五、六人ほどの兵士が入っている。
それが全部で五匹だから、ええと……総勢三十人ほどか。
明らかに本気で俺たちを仕留めに来ている人数だ。正直に言おう。こんなん完全に俺のキャパをオーバーしてるぞ。マジでヤバい。
「はっはっは! それではリーフよ! 呑気に空を飛んでいるあいつらに【石散弾】をたっぷりぶち込んでやるといい! それで一気に片がつくのだ!」
馬車と並走したまま、バカ騎士が能天気な笑い声を上げる。
「アホか! あれは俺が森の中にいて、世界樹の魔力が使えたからできたんだよ! ここみたいな平原であんな魔力の使い方をしたら、あっという間に魔力切れだぞ!」
「ほう、そうなのか。むっ、だとすれば……?」
カナンは走りながらしばらく顎に手をやり、やがて頭に電球がピコンと灯ったような顔になった。
「もしかして……今は相当厳しい状況ではないか!?」
「今さら気づくなよ! おいセバス! 魔の森まであとどれくらいかかる!?」
「全速力でも一時間はかかるかと!」
「まだそんなに遠いのか……! だったら――セバス、敵を待ち構えるのはナシだ! とにかく飛ばせるだけ飛ばせ! 森までなんとか持ちこたえてくれ!」
「承知! ――はあっ!」
セバスが手綱を鋭く打ち鳴らす。すると馬車が悲鳴のような音を立て、さらに加速していく。だが――
やはり空を飛ぶワイバーンの速度は、馬車を遥かに凌駕している。みるみるうちに距離が詰まり――いよいよ俺たちに追いついてきた。
『リーフ、射程圏内です! 遠慮はいりません。身の程知らずの帝国の犬どもに正義の鉄槌を下してやるのです!!!』
脳内でやたらテンションの高い種の声が響く。もちろん言われるまでもない。先手必勝だ。
俺は窓から身を乗り出し、指先を一番近くのワイバーンに向けた。
相手はワイバーンだ。きっと生半可な攻撃ではあの分厚そうな鱗は撃ち抜けないだろう。
土魔法で硬い弾丸を念入りにイメージし、生成。それに高速回転の風を纏わせ――
「【石弾】!」
バスンッ!
渾身の一撃がワイバーンの眉間を正確に撃ち抜く。
巨体がガクンとバランスを崩し、錐揉み状態で兵士もろとも地上に叩きつけられた。
「よしっ、一匹目!」
『ヒャッハー! 素晴らしい! この調子で全頭の頭を撃ち抜いてやりなさい!!』
当然俺だってそうしたいところだよ。だが――相手もさすがに軍人だった。
即座にこちらの攻撃を警戒し、編隊を一気に散開させる。さらにはカゴの中の兵士たちが、一斉にこちらに手のひらを向けた。
「「「【火球】」」」
次の瞬間、目の前に火球の雨が降り注いだ。
馬車の後方で幾度も爆発が起こり、熱風と爆音で馬車が大きく横にヨレる。
それでもセバスが見事な手綱捌きで必死に馬を制御する中、アリスティアが空を見ながら顔を強張らせた。
「ルビネティンが襲撃された時と同じ……! あれは帝国軍魔導院の連中よ!」
「つまり魔法のプロってことか!? 最悪の相手じゃねーか!」
脳筋相手なら、届かない場所から魔法で一方的に攻撃できる。けれど同じ魔法使い相手ではその戦法は通用しない。
「――くそっ!【石弾】」
どさくさに紛れて放った一発も、ワイバーンが不規則な軌道で動いてかわされる。弾丸は虚しくワイバーンの脇に逸れていった。
「ええい、ちょこまか動きやがって……! 【石弾】【石弾】【石弾】!」
バスバスバスッ! と半ばヤケクソに連射してやる。するとそのうちの一発がマグレで翼を貫き、バランスを崩したワイバーンが平原の彼方へと墜落していった。
だがその隙を突くように――残る三匹が一気に加速し、馬車の真横にまで肉薄する。
「チイッ!」
舌打ちし、さらに馬を加速させようとするセバス。
しかしワイバーンは追い越しざま、巨大な翼を力いっぱいはためかせ、咆哮とともに凄まじい突風を叩きつけてきた。
「グオオオオオオオオオオオオン!」
咆哮と風圧についに完全に馬が怯え、いななきと共に前脚を大きく振り上げる。
その瞬間、馬車が大きく横へと傾き――
「うおわああああああああっ!」
視界がぐるぐると回転し、天地が逆転する。まるでドラム式洗濯機の中に放り込まれたような衝撃と馬車が砕ける破壊音の中、俺たちは馬車から外に投げ出されたのだった。
「――いててて……。みんな無事か?」
土埃の中でうめきながら、俺はなんとか起き上がった。軽く手足を触ってみたところ、どうやら奇跡的に大きな怪我はないみたいだ。
見ればスーリヤとセバスも立ち上がっていて、外にいたカナンも素早くアリスティアを瓦礫から救い出している。
しかし馬車は車輪が外れて木っ端微塵。馬も足を折ったのか、動けなくなっているようだ。
そして前方を見れば、帝国軍がワイバーンを着陸させ、悠々と地上へ降り立っていた。
統一された軍服に身を包んだ兵士たち。
その中心にひときわ高そうなコートを羽織った、いかにも自信たっぷりな立ち居振る舞いで他の兵士に指示を出しているイケメンが立っていた。
おそらくこいつが指揮官なんだろう。なんだか偉そうで、いけ好かないタイプだよ。
そして兵士たちに紛れて、場違いにも見える薄汚れた幼女が一人、心細そうに立っているのが目に入った。
「アリスティア一行で間違いないな?」
イケメンが冷ややかな声で言い放つ。
するとアリスティアは砂にまみれながらも背筋をまっすぐに伸ばし、凛とした声で言い返した。
「私に問う前に、まずは貴方から名乗りなさい。無礼者!」
「フン……。もはや亡国の姫とならん分際で、随分と傲慢だな。だがいいだろう、名乗ってやる。私の名前はギリク。ギリク=ガルウインド。帝国軍魔術院副官だ」
ギリクは勝ち誇ったように口の端を吊り上げ、俺たちを見据えたのだった。




