53 旅12日目
ガタゴトガタゴトと馬車の揺れに身を任せながら、俺は特等席――つまり馬車の隅っこで、フィギュア制作に没頭していた。
最初はキツいと感じていた馬車移動だが、今では揺れながら細かい造形作業ができる程度には慣れてしまっている。
あるいは単純に、長時間座り続けたことで俺のケツが分厚く進化しただけかもしれない。
ケツだけは立派なスーリヤなんかは、最初から振動をまったく気にしてなかったしな。案外これが正解なのかもだ。
「……なに? 今なんか失礼なこと考えてなかった?」
「考えてない」
じろりと俺をにらんでくるスーリヤに、即座に首を振って答える。相変わらずカンのいいヤツだ。
俺はふぅ、と一息ついて手元の作業を切り上げると、完成したばかりのフィギュアに魔力を込め、ぐにゃりと粘土に戻した。
魔の森には馬車で入れないだろうし、フィギュアは荷物になるだけだ。だから俺は作っては戻すを繰り返してヒマ潰しているにすぎない。
予定では今日中に魔の森のふもとに着くらしい。そんな落ち着かない状況が、俺のヒマ潰しの集中力すら削いでいた。
俺はふと、足元の鞄の中にいる種に声をかける。
「おい、種。……おーい、生きてるか?」
『……前から思ってたのですが、その「種」という安直な呼び方はどうにかなりませんか。私は由緒正しき世界樹の種子ですよ。敬いなさい。……それで何か用ですか?』
「いやさ、魔の森に近づいてからあんまり喋らなくなっただろ? そろそろ喋らない普通の種にでもなったのかなと思って確認しただけだ」
『……むずむずするので、あまり会話する気にならないだけです』
「は? むずむず?」
『ええ、むずむずするのです。ちょっと私を持ち上げて確認なさい』
言われたとおり鞄を開け、種をひょいと持ち上げる。
すると、種の硬い外殻の下のほうから、細い根っこのようなものが一本、にょろっと顔を出していた。
「なんだこれ。朝に水をやった時は無かったよな?」
『はぁ……やっぱり気づいてなかったのですね。数日前から伸びてきてましたよ。もっと私に気を遣いなさい』
「ふーん。まあとにかく、これがむずむずの原因か。かゆいのなら抜いてやろうか?」
『ぜっっっっったい止めなさい!!』
俺が手を伸ばしかけたところで種が叫び、手の中で小さくビリビリと振動する。
『とにかくっ! 魔の森が近づいたことで私が、そして加護を受け取ったお前も、かの地を強烈に意識しているせいでしょう。私の本能が先走り、発芽の準備が始まっているのです』
「え、やだ。意識するだけで先走るって、それってつまり『我慢根っこ』が出てるってことか?」
『なんですか、その言葉。そこはかとなく侮蔑を感じるのですが?』
「気のせいだろ」
『ぐぬぬ……。ふむ、まあいいでしょう。時がくればお前に目にものを見せてやります。そのときを心待ちするがいいです』
そう言い残し、種は沈黙した。目にものってなんだよ、普通に怖いんだけど。
そうして種から視線を上げると、窓際に座っていたアリスティアが怪訝そうな顔でこちらを見ていた。
「……リーフ、さっきからなにブツブツ言ってるの? 独り言を言うくらいさみしいなら、私が相手をしてあげるわよ?」
「おいコラ、失礼なことを言うな。俺は種と話してただけだよ。魔の森が近づいてきたせいで辛抱たまらんらしいんだ」
「その種って本当に話すの? どう見ても大きなクルミにしか見えないんだけど……」
「お前、まだ信じてなかったのかよ」
「だってねえ……スーリヤは声を聞いたことある?」
「ううん。でもリーフはそんな面倒くさいウソはつかないだろうし、リーフには聞こえてるんだと思うよ」
「ふぅん……」
アリスティアが俺に近づき、まじまじと種を覗き込むと――
「はっはっは! 姫様っ! そんな種がしゃべるわけありません!」
馬車の外からやたらデカい笑い声が飛んできた。馬車と並走しているカナンの声だ。
馬車はそこそこの速度を出しているのにもかかわらず、こいつはもう数時間は走りっぱなしである。
外から護衛しているつもりなんだろうが、こういうのって普通、もう少しゆっくりした速度でやるもんじゃないの? やっぱりこいつの体力おかしいよ。
『やれやれ、お前に信用がないから、私も信じてもらえないのですよ。日頃の行いを反省なさい』
「ふん、知らんがな。……ん?」
そう言って種を鞄に戻した、その瞬間――
俺の引きこもりセンサーが、はっきりと不快な気配を感じとった。
「……どしたの、リーフ?」
俺の表情が一変したのを察し、スーリヤが身を固くする。俺は御者席に向かって声を張り上げた。
「おいセバス! なにか近づいて来てる。明らかに俺たちを狙ってきてるみたいだ。おお……? なんかめっちゃ速いぞ。……これは……空を飛んでるのか? おい、どうするんだ!?」
するとセバスは即座に手綱を激しく振るい、馬車の速度を上げた。
「承知しました。ならばせめて迎撃しやすい場所に移動しましょう! あちらの岩陰へ走らせます!」
「むむっ、敵ですか!」
並走しながらカナンが空を仰ぎ見た。
「……見えました! あれは……帝国軍のワイバーン部隊です!」
「うげっ、帝国軍!?」
マジかよ。てっきり逃げ切れたと思ったのに、しつこすぎだろ。
というか、魔の森ならまだしも、こんな平原であいつらを相手にしないといけないってことか!?
俺は頭を抱え込みそうになるのをぐっとこらえ、馬車の窓から空を覗き込んだのだった。




