52 追跡
夜の荒野。その上空を、軍事用に調教されたワイバーンの部隊が連なって飛んでいた。
アリスティア姫を追跡する帝国軍魔導院副官、ギリクの部隊である。
その最前列、ギリクが騎乗するワイバーンが胸元には、運搬用の無骨な鉄カゴがぶら下げられ、そこにリムララは押し込められていた。
夜を徹しての強行軍。夜目の利くドワーフ族であるリムララに、夜通し監視させているのだ。
吹き付ける夜風は冷たく、着の身着のままで連れてこられたリムララの体温を容赦なく奪っていく。彼女は歯をガチガチと鳴らしながら鉄カゴの縁にしがみついていた。
「さ、寒い、怖い、寒い、怖いぃ。落ちちゃうよぉ……」
震える声でつぶやくが、その訴えが届くはずもない。ワイバーンの背に乗るギリクは苛立たしげに手綱を掴み、眼下に広がる荒野を睨みつけているだけだ。
そんな中――荒野の一角に、月明かりを受け不自然に盛り上がった異物を、リムララの目が捉えた。
「あっ、あのっ、ギリク様! その、なにか、なにかありますっ!」
「チッ、今度はまともな物なんだろうな? また魔物の巣と見間違えただけなら、次こそお前をそのカゴごと切り落としてやる」
「ひぃっ……! で、でも、今度こそ人工物ですっ、はいぃっ……!」
「……総員降下せよ!」
ギリクの鋭い指示を受け、ワイバーンの編隊が一斉に高度を下げて乾いた地面に砂煙を上げて着地する。
地上に降り立ったギリクが辺りを見渡すと、たしかにそこには土砂が不自然に積み上げられた小さな山が存在していた。
他の魔術院隊員たちが光の魔法を放ち、周囲を明るく照らし出す。
その明かりの下、ギリクたちはすぐに別の痕跡に気づいた。
「……焚き火の跡か。だが、これだけではアリスティア一味とは断定できんな」
ギリクが顎で土砂の山を指し、冷たく言い放つ。
「あの土砂に残る魔力の痕跡を探れ。そのために出来損ないのお前を連れてきたんだからな。早くしろ」
「は、はいぃ……!」
リムララは土砂の山に駆け寄ると、土の中に両腕を深く差し入れて目をつぶった。
視界を閉じ、魔力だけを感じるよう全神経を集中させる――しばらくしてリムララは瞳を開いた。
「ギ、ギリク様。この土から、あの森で感じたものにとてもよく似た魔力を感じますっ……。緻密で、丁寧で、それでいて圧倒的に力強くて……。術者は間違いなく同一人物ですっ」
「フン、そうか。それでこの土砂の山は一体なんなのだ?」
「え、えと、えと、それは……」
リムララは土砂をかき分け、がさごそと手を動かし続けていく。
柔らかい土を掘っていくと、土の壁が岩のように固められ、内部に箱型の空間が残されていることに気づいた。そしてなぜか湿り気も帯びている。
「わ、わかりませぇん……。でも、なんだか濡れています……。この形……水でも貯めていたんでしょうか……?」
「水? 馬鹿を言え。この大きさで水を貯めていれば、それはもはや風呂だ。逃亡者がこんな荒野で悠々と風呂に浸かっていたとでも言うつもりか?」
「お、お風呂ですか? ……でも、そうかも、です。この土は水が一切漏れないほど、超高密度の魔力で固められていますから……! この土、このまま切り出せば一級品の建築資材になるほどの品質、ですっ……! これほどの魔法を、ただの使い捨ての設備に使うだなんて……すごい……」
「フン。そんなもの、ただの魔力の無駄遣いに過ぎん。……もういい、お前に聞いたのが間違いだった。後は……アリスティア一味の人数はわかるか? 水を通さぬほどの土壁なら複数人で共同で仕上げたはず。お前はその土からは何人分の魔力を感じ取れる?」
ギリクは焚き火の跡を見ながら尋ねた。
焚き火の跡や残された足跡や轍から推測できるのは、せいぜい片手で数えるほどの人数の規模。だがそれでは少なすぎる。
あれほどの【石弾】を乱射した痕跡から、ギリクは少なくとも護衛を十から二十と想定していた。
「あのぅ、ギリク様。この土からは……一人分の魔力しか感じ取れないですぅ……」
「ハッ、お前は馬鹿か? それはつまり、サイロスとその部下どもを血祭りに上げたのが、たった一人だと言っているに等しいのだぞ!?」
「ひ、ひぅっ! でっ、ですけど、魔力に混ざり気がないんですぅ! どこまで探っても一人分の魔力しか……」
「チッ……。やはりドワーフごときは役に立たんな。それならやはり護衛は相当な熟練者なのだろう。よっぽど慣れた者同士が息を合わせて一つの大きな魔力に見せているだけだ」
「す、すいませぇん……」
「謝るな、耳障りだ。元からお前ごときに期待はしていない。移動先が確定しただけでも儲けものだ」
ギリクは踵を返し、ワイバーンへと歩き出した。
「よし、目標はこのまま魔の森だ。全力で飛ばせ。必ず追いつき、まとめて絶望を味あわせてやる」
「「「「はっ!」」」」
「はひっ!」
リムララも慌てて後を追い、鉄カゴへとよじ登った。ここでもたつけば、この冷酷な男は間違いなく自分を捨てていくと思ったのだ。こんな何もない荒野に取り残されれば命はない。
鉄カゴに転がり込んだ途端、すぐにカゴが宙に浮き、激しい風が再びリムララを襲う。
リムララは震える手の中で、こっそり持ち帰った一握りの土を指先でそっとなぞった。
ギリクが『魔力の無駄遣い』と吐き捨てた、過剰すぎるほど純粋な魔力土。
それは凍える彼女の指先を、まるでそっと励ますように――優しく、力強く包み込んでいるように思えたのだった。




