50 風呂上がり
女の風呂は長い。それは前世でも今世でも変わらない、この世の絶対的な摂理なのだろう。
ましてやそれが『◯日ぶりの入浴』かつ『三人一緒』となると、その長さは加速度的に増加するのだ。
焚き火の爆ぜる音をぼんやりと聞きながら、一番風呂を譲ったことに後悔し始めた頃――ようやく衝立の向こうから、上機嫌な声とともに三人が戻ってきた。
「リーフあがったよ~」
「ふう……最高だったわ。リーフ、ありがとね」
「まさか野営で風呂に入れるとは……。感謝するのだリーフ!」
三人がほこほこと湯気を立てながら近づいてくる。
しっとりとした肌に頬を上気させたその姿は正直なかなか色っぽく、セバスなんかは目のやり場に困るとばかりにあからさまに視線を外していた。
もちろん俺は遠慮なくガン見するけどね。これもまた創作の糧となるのだ。
そんな中、アリスティアが少し落ち着かない様子でもじもじしながら俺に声をかけてきた。
「ね、ねえリーフ。次はいつお風呂を作るのかしら?」
「次?」
「そう、次の予定よ。二日後? それとも三日後かしら。また入らせてもらえると嬉しいのだけれど……」
「は? 何を言ってるんだ。そんなの毎日に決まってるだろ」
「えっ」
目をぱちくりさせて固まるアリスティア。その横でスーリヤが慣れた様子で笑う。
「姫様~。リーフはね、ものすごーく綺麗好きなんだよ。森にいた頃も、世界樹のウロの中にお風呂を作って毎日欠かさず入ってたんだから」
「お風呂を毎日って……。あなた本当はエルフの王族かなにかだったりするの?」
「ただの一般エルフだよ」
引きこもりにとって風呂は最高の娯楽の一つだというのは、もはや言うまでもないことだ。
しかしそんな些細なこだわりが王族クラスの贅沢扱いだなんて、この世界の衛生観念には百年経っても慣れそうにない。世界全体が風呂キャンセル界隈ってどういうことだよ。
「ふ、ふ~ん。……なんだか私、この旅が楽しくなってきそうだわ!」
アリスティアがぱっと表情を明るくさせると、セバスが困ったように咳払いをする。
「オホン! あの……姫様? あまり浮かれて、この旅の目的をお忘れになることはなきよう……」
「わ、わかってるわよ! だから明日に備えて、もう寝ることにします!」
少し恥ずかしそうに言い返したアリスティアは、最後にいたずらっぽい笑みを浮かべて俺を見る。
「それじゃあリーフ、おやすみなさい。それと……私たちの残り湯、変なことに使っちゃダメよ?」
そんな捨て台詞を残し、上機嫌に馬車へ戻っていくアリスティアと他二名。残り湯が何に使えるっていうんだよ。
「……リーフ様につきましては問題ないかと存じますが、なにとぞ紳士としての自制を期待しておりますぞ」
セバスまで変なことを言っている。いったい俺をどんな変態だと思ってるんだ。
その後――俺は三人風呂の副産物である広々とした浴槽を、一人で心ゆくまで堪能した。
なんだか普段の風呂より良い匂いがした気がするが、きっと気のせいだ。そういうことにしておこう。
◇◇◇
翌日。朝日が昇るよりも少し早く、俺はカナンに起こされた。
「おはようリーフ、もうすぐ朝だぞ! ……ところで、これもリーフが作ったのか?」
寝ぼけ眼の俺をよそに、部屋の壁をぺたぺたと触るカナン。俺はあくび混じりで教えてやった。
「ふぁ~あ……。そうだよ、家の中のほうがくつろげるからな」
俺が眠っていたのは、寝床として作ったコンテナ型簡易宿泊施設だ。
要はただの大きな箱で簡素な造りの物だが、それでも風雨を防げるし、広さもちょうどいい。お陰で昨夜はぐっすりと眠れた。
「昨日のお風呂といい、この家といい……なんだかリーフと一緒にいると旅をしてる気分にならなくなるのだ――と、それはともかく、もうしばらくしたら出発する。顔を洗ったら馬車までくるように!」
「へいへい」
俺はさっそく外に出て、水魔法で顔を洗う。
それから馬車へと向かうと、すでにアリスティアもスーリヤも起きて身支度を整えていた。
「おはようリーフ。ねえ、さっきの建物って貴方が作ったのよね……?」
外に出たついでに潰しておいた、コンテナ型簡易宿泊施設の残骸を指差しながらアリスティアが尋ねる。
「そうだよ。馬車で寝るよりよっぽど快適だぞ」
「姫様! あの部屋の中にはベッド用の高台とトイレがありました!」
「ト、トイレですって……!?」
カナンの報告にアリスティアが変な声を上げる。
「トイレといっても便座を作って、その下に土魔法で深い穴を掘っただけだけどな。それでも外でやるよりだいぶマシ――あぁ、そういえば姫様は旅の間、外でお花摘みをしているのか。それはたいへん豪快で結構なことだな」
「~~~~~~~っ!! 違うわよ! いや、違わないんだけどっ! でも、言い方ってものがあるでしょう!!」
一気に顔を真っ赤にさせるアリスティア。
さすがにそこまで恥ずかしがることなくない? と思ったのだが、よく考えてみると王国のお姫様がこれまでの人生、大自然の中でお花摘みなんてしたことあるわけないか。
そりゃあ恥ずかしがるのも仕方ないなー……などと考えていると、
「……リーフ、さすがにデリカシーなさすぎだよ?」
幼馴染からは呆れたようにたしなめられてしまった。ノンデリエルフにはなりたくない。少しは反省しておこう。
◇◇◇
それから――数日間は同じルーチンを繰り返すことになった。
町をひとつ、またひとつとすっ飛ばしながら移動。日が落ちれば馬車を停め、風呂に入ってコンテナで寝る。そして朝になったら出発。その繰り返しだ。
ちなみに俺だけ優雅に自作トイレを使うのも気が引けるようになってしまったので、キャンプ時にはボックス型の女性専用トイレまで作ることにした。
前世で工事現場とかに置かれていた仮設トイレっぽいヤツである。これには女性陣も大喜びだ。
そのたびにセバスが『旅の常識が……』と遠い目をしていたのは言うまでもない。
そうして移動を繰り返し、さすがに食料が目減りすると町に行かざるを得なくなるのだが――
「町では買い出しだけで済ませ、宿に泊まらずに行きましょう」
セバスの提案にアリスティアも即座にうなずく。
「そうね。むしろ宿に泊まるデメリットの方が多いわ。追手に気づきにくいし、移動距離も稼げない。なによりお風呂がないもの」
もはやアリスティアの中では『宿<野宿』が完全に成立しているようだった。町の宿に泊まることより、風呂に入れることの方が重要らしい。
こうして旅は、驚くほど順調に旅は進んでいったのだった。――そう、ここまではね。
ついに50話! ここまで読んでくださりありがとうございます!
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