49 王女一行の夜
追手を警戒して途中で町をひとつすっ飛ばし、さらにしばらく馬車を走らせたところで日が落ちた。
街道から少し外れた場所にある、風を遮れそうな大きな岩陰に馬車を寄せて今夜はそこで野営するとのこと。
焚き火を起こし、その周りをみんなで囲んで晩飯をとる。メニューは昼と同じく硬いパンとソーセージ――と、そこに申し訳程度の野菜が入ったスープが追加された。
俺たちも姫様もメニューに違いはない。一国の王女の食事にしてはあまりにも質素だが、やはり旅というのは保存携帯に優れた食事が最優先ということらしい。
食事にはそれなりにうるさい俺ではあるが、さすがにこの状況で文句を言っても仕方がない。俺は渋々ながら薄味のスープを胃の中に流し込んだのだった。
そうして食事が終わると、明日に備えてさっさと眠る流れになる。
アリスティアは馬車の中。スーリヤも護衛も兼ねて同じく馬車の中で眠るとのこと。カナンとセバスは交代で寝ずの番を務めるらしい。
俺は寝ていてもある程度は気配を察知できるし、見張りは不要だと言ったんだけどね。それでもセバスは首を縦に振らなかった。
俺よりも若いくせに、考え方はやっぱり爺さんのようだ。爺さんは頑固で困るね。
そして俺の寝床なのだが――アリスティアからは
『こんな状況でバカみたいな話だと思うけど、それでも男性と同室で眠るわけにはいかないの。悪いけど貴方には馬車の外で寝てもらうわ。その……ごめんね』
などと、微妙に申し訳なさそうな顔で言われてしまった。やれやれだ、自意識過剰の女はこれだから困る。
そもそも俺は他人を気にせず、独りで優雅にのんびりと引きこもりたいのだ。馬車で他人と一緒に寝るより、外で寝る方がいいに決まってる。
そんなわけで外で寝るのは大歓迎なのだが――俺には寝る前に、どうしてもやりたいことがあった。
俺は馬車から少し離れた場所まで歩くと、そこで土魔法を発動させた。
「【土壁】」
地面から三方を囲うように、俺の背丈の倍ほどの土の壁がせり上がる。これは目隠し用の衝立だ。
さらにその内側に浴槽を作り、魔法で創り出したお湯をドバドバ流し始めたところでセバスが駆け寄ってきた。
「リーフ様、これは一体……何をなさってるのですか?」
「ああ、風呂を作ってるんだよ。宿じゃ入れなかったからな」
ファルトスの町の宿には風呂がなかった。というか、この世界では風呂付きの宿自体がかなり珍しいらしい。基本はお湯で身体を拭くだけだ。
風呂好きの俺としては、正直それがかなり不満だった。
とはいえ、さすがに宿の小さな庭に風呂を作るわけにもいかず、ここまでは我慢してきたのだが――外に出たことでようやく風呂に入ることができる。
前に風呂に入ったのもスーリヤと野宿をした時だし、宿よりも野宿の方が快適ってなんだかおかしい気がするけどね。
「た、旅の途中、しかも野宿の最中に風呂ですか……。エルフとは、なんとも贅沢に魔法を使うものなのですな……」
「違うよセバスさん。こんなことできるの、リーフだけだから。土魔法で水に溶けない浴槽を作るのって本当はすごく難しいんだよ?」
いつの間にやらスーリヤが衝立の向こう側からにょっきりと顔を出していた。
「なんだスーリヤ。寝たんじゃなかったのか?」
「むふふふふ……。そろそろリーフがお風呂を作る頃じゃないかなーって思ってね」
にんまり笑うスーリヤ。どうやら俺の風呂が目当てらしい。
スーリヤの後ろには、アリスティアとカナンも立っている。二人は口を半開きにしたまま、もうもうと湯気を立てる浴槽を呆然と眺めていた。
「スーリヤから聞いたときは、冗談かと思っていたのだけれど……」
「この荒野のど真ん中に浴槽……。私は夢でも見てるのでしょうか!?」
「……というか、そろそろ風呂に入るから全員出ていってくれないか?」
そう言った瞬間、
「お、お願い!」
アリスティアがすごい勢いで詰め寄ってきた。
「私にもお風呂に入らせて! ルビネティンから脱出して以来……一度もお風呂に入れていないの!」
「うわぁ……。お姫様ともあろうお方が、結構な日数洗ってないってことか……」
俺が一歩後ろに下がると、アリスティアの顔がみるみる赤くなった。
「ちょっとなんで離れるの! お湯でしっかり拭いてるし私は清潔よ! ……と、とにかく、お風呂を見てしまったからには、黙って見過ごすわけにはいかないわ! お願いリーフ、私もお風呂に入らせて!」
再び詰め寄るアリスティアに、セバスがゴホンと咳払いする。
「お待ちください姫様。王族ともあろう方が、このような屋外でお身体を露わにされるというのはいかがなものかと……」
「そんなの今の私には関係ないわ! むしろ王族ともあろう者が身綺麗にできていないことの方がよっぽど問題でしょっ!」
「ぶふっ、それはたしかに」
「くう~~~~っ!! 笑わないで!」
思わず吹き出した俺を真っ赤な顔で睨むアリスティア。その瞳にはうっすら涙も浮かんでいる。
さすがにからかいすぎたか? キレイ好きの俺としては、風呂に入れないストレスってすごくよくわかるんだよなあ……。そういうことなら、まあいいだろう。
「わかった。お前にも風呂に入らせてやろう。俺は後でゆっくり浸かりたいし、先に入ってもいいぞ」
「本当!? ありがとうリーフ!」
ぱああああっと表情を明るくさせるアリスティア。そこへスーリヤが近づいて一言付け足す。
「ねえねえ、リーフ。それなら浴槽を大きくしてもらっていい? 姫様、カナンちゃん、今日は一緒に入ろうよ~」
「まあっ、それはとてもいいわねスーリヤ!」
「おおおっ、私もいいのですか!?」
「ということで……リーフ、お願いしていい?」
「いいよ。浴槽の作り直しくらい大した手間じゃないからな。その代わり、スーリヤはお湯を出すのを手伝えよな」
「もちろん!」
そうして俺は浴槽を広げ、それからたっぷり湯を張ってやった。
さっそく女三人が和気あいあいに衝立の向こうに消える直前、アリスティアがひょっこり首を伸ばした。
「リーフ。忠告しておくけど、絶対に覗いちゃだめよ? 王女の柔肌を見るようなことがあれば、それなりに責任を取ってもらうからね?」
「はいはい」
正直、巨乳ヌードに興味がないと言えばウソになるが、覗きがバレたときのリスクがデカすぎる。俺はアニメや漫画に出てくる修学旅行中の男子高校生とは違うのだ。
衝立から離れると、さっそくキャッキャウフフと楽しそうな女三人の声や、お湯の跳ねる音が聞こえてくる。俺は焚き火の場所まで戻り、セバスと並んで腰を下ろした。
「リーフ様。私の知っている旅の概念が崩れていきます……」
パチパチと爆ぜる焚き火を眺めながら、遠い目をしたセバスがどこか寂しげにつぶやいたのだった。




