48 出発の朝
夜になり、セバスが律儀に俺の部屋まで報告にやってきた。
セバスによると、予定通り明日には魔の森に向けて出発するとのこと。だが、やはり帝国軍に支援者が襲撃されたのは相当な痛手だったようだ。
この町で商会を営んでいたというお偉いさんは、腹心の部下ともども帝国軍の手により始末され、当初予定されていた追加の護衛やさらなる支援もすべて白紙に戻ったという。
まあそれ自体は大変気の毒だとは思うのだが、俺としてはこれ以上知らない人が増えるのは面倒だと思っていたので、内心ホッとしていたのは言うまでもない。
そして結局、俺という護衛を得たこと、これ以上町に留まれば再び帝国からの追手が迫るという判断から、予定通り翌日に出発が強行されるとのことだった。
――そして出発の朝。
まだ人通りの少ない時間帯。宿の裏手で待機していると、約束の時間きっかりに二頭の馬に引かれた馬車が俺たちの前で静かに停まった。
御者台ではセバスが手綱を握っており、停車するとすぐさまその隣にカナンが軽やかに飛び乗る。どうやら町中にいる間は御者台から護衛をするつもりらしい。
やたら張り切り顔のカナンのスルーしつつ、俺は改めて馬車を眺めた。
目の前にあるのはなんの装飾もない地味な木製の馬車だ。この町で何度も見かけた資材や人を運搬する、ありふれた馬車にしか見えない。
王族が乗るにしてはあまりに質素な気がするが、今の状況で我こそは王族でございとアピールするような豪華な馬車に乗るのはアホ以外の何者でもないからな。ちょっとだけ豪華な馬車に興味があったんだけど、こればかりは仕方ない。
俺はセバスへの挨拶もそこそこに、馬車の後ろから中へと乗り込んだ。
中は思ったよりも広く、隅っこにはかなりの量の食料や寝具などといった物資が詰め込まれている。ちなみに水は樽ひとつ分しか積まれていない。俺とスーリヤが魔法で出せるからだ。
それを伝えた時はセバスにめちゃくちゃ感謝されたよ。やはり水の運搬は重いし嵩張るしで大変なのだそうだ。
中には横並びの座席があったので、俺は一番落ち着きそうな場所に腰を下ろした。
続いて呆れ顔のアリスティアと、興味津々にキョロキョロしながらスーリヤが乗り込んでくる。
「リーフ、貴方ね、レディファーストっていう言葉は知らないのかしら? ……って、そんな隅っこの席でよかったの?」
「むしろここがいい。落ち着くからな」
俺が陣取ったのは座席の端っこ。物資が山積みされて一番ごちゃごちゃしている場所だ。窓からの光もあまり入らず、視界の半分が物資と壁に囲まれる特等席だ。
「貴方がいいならそれでいいけど……。やっぱり貴方のことがよくわかんないわね」
「姫様、諦めたほうがいいよ。リーフのことは私だって未だによくわかんないことだらけだよ」
「そうなの? 百年も一緒にいるのに?」
「そうだよ。リーフは子供の頃からずっとこんな感じだったし」
「ふふっ、子供の頃のリーフはなんとなく想像できるわ」
「あはは、だいたい想像どおりだと思うよ」
俺をダシにして仲良さそうに笑い合う二人。この二、三日でよほど打ち解けたらしく、すっかりお互いタメ口になっている。
「それじゃあパパ、ママ。行ってくるね!」
窓からスーリヤが身を乗り出し、見送りに来てくれた両親と別れの挨拶を交わす。
「ああ、元気でね。手紙を出すんだよ」
「うふふ、リーフ君と仲良くするのよ~」
「わかってるって。じゃーねー!」
ぶんぶんと手を振るスーリヤ。その光景を眺めながらアリスティアが小さく肩をすくめた。
「これから死の領域である『魔の森』へ向かうのに、この小旅行みたいなノリなのは一体なんなのかしら……」
「いいだろ。葬式みたいな顔をして旅するよりマシだ」
「それはまあ、そうなのだけれど……」
なんだか納得いかない顔のアリスティアを乗せ、馬車はいよいよ動き始めた。
ガタンゴトンと大きく揺れ、思わずケツが跳ねる。用意されていたクッションを敷いてもなんだか落ち着かない。考えてみれば、こうして馬車に乗るのは初めてだなあ。
乗り心地は悪いし、あまり長い間乗っていたい乗り物じゃなさそうだ。
「姫様、魔の森までどれくらいで着くんだ? 明日か?」
「そんなわけないでしょ。補給以外でなるべく町には寄り付かず、最短ルートで飛ばしに飛ばして――二週間は見てもらわないと」
「おおう、結構かかるんだな……」
思っていたよりずっと長い。この馬車の振動に俺のケツが二週間もの間、耐えられるのかと思うとぞっとした。
それからしばらく。
ガタゴトと揺れる車内では、スーリヤが窓の外を楽しそうに眺め、アリスティアは頬杖をつきながら同じように流れていく町並みを黙って眺めている。
それぞれが自分なりに時間を潰しているようだ。
それなら俺もフィギュアでも作っていようかなと思ったところで、アリスティアから声がかかった。
「リーフ、ヒマだわ。ヒマつぶしに付き合ってよ」
「嫌に決まってるだろ。ヒマなら寝てなよ」
「嫌よ。こんな朝から眠れないし、貴方に寝顔を見られちゃうじゃない」
「自意識過剰すぎだろ。俺はお前が寝ていようが気にしないぞ?」
「私が気にするの! それで、なにか無いの? 引きこもるのが好きならヒマつぶしも得意でしょ」
「ふふん、よくわかってるな。ヒマつぶしは大得意だ。それなら……あれを作ってやるか」
引きこもりを褒められた気がした俺は、上機嫌にとあるブツを作り始めた。
その場で土魔法を繰り出し、格子状の線が入った板と、大量の裏表で色の違う丸い石を作り出していく。
「あら、もしかしてリバーシかしら」
「……知ってるのか?」
丸い石を作っていた手が思わず止まる。
リバーシ。それは異世界転生の知識チートで金儲けを企んだかつての俺が、世界樹の森で売り出そうとして速攻でパクられて終わったボードゲームだ。なんでそれをアリスティアが知っているんだ?
「ええ、知ってるわ。私のお爺様が国王だった頃に、旅のエルフの夫婦から献上されたそうよ。それを気に入ったお爺様がその夫婦にたくさんの褒美を与えたんですって。それから王国中で大流行して、もちろん私も子供の頃から遊んでいるわよ。……ふぅん、貴方のいた森にまで届くくらい流行ったのね」
感慨深げに話すアリスティアだが、なんだか嫌な予感しかしない。
「この形のリバーシをエルフの夫婦が献上したのか?」
俺の頭の中で子供の頃よく見た二人の顔が浮かんでは消えていく。
「ええ、エルフの中でも飛び抜けて美形で仲睦まじい夫婦だったらしいわ。もしかして知ってる人?」
……どうやら間違いなさそうだ。あの両親は息子のアイデアをパクって大金をゲットしていたらしい。いやまあ俺もパクリなんだけどさあ!
あの二人、世界樹の森から旅立ったときはまったく名前も噂も聞かなかったのに、俺が外に出た途端、妙に耳に入ってくるな……。この先もロクでもない形で関わってきそうな気がしてならない。
「あら、リーフどうしたの? なんだかゲッソリしているけれど。……もしかしてリバーシは苦手?」
「今、苦手になったところだ。……まあとにかく、これをやるからスーリヤと遊んでな」
「変なリーフ。……いや、変なのはいつもね、まあいいわ。ねえスーリヤー、一緒にリバーシやらない?」
「なつかしー。やるやるー!」
と、二人が板を囲んで盛り上がり始めたのを眺めながら、俺はなんとも言えない気持ちで背もたれ身を預け、深いため息をつく。
……そして気がつけば、馬車はもう完全に町を離れていた。




