47 女騎士への罰
魔の森への旅が決まった翌日――俺は薄暗い部屋の中、カナンと向き合っていた。
「はぁ……はぁ……。リーフ、も、もうこれ以上は……」
「甘えるなよ、カナン。まだまだ……やらせてもらうぞ。ほら、もっと腹に力を入れて腰を落とせ」
「ううっ、こんな辱めを受けるなんて……」
「くくっ、いいざまだなカナン……。一国の騎士様が俺の目の前でこんな無様な姿を晒して、好き放題に弄ばされている気分はどうだ?」
部屋の中に満ちるのは、カナンの荒い息遣いと身体が軋む微かな音。
熱を帯びた空気の中、両腕をきつく縛られたカナンは小刻みに震え、汗に濡れたその表情は屈辱と羞恥に歪んでいた。
「……くっ、殺せ!」
「フン。いい顔になってきたじゃないか。……けど、まだ足りないな」
俺は一歩踏み込み、カナンをさらに追い詰める。距離が詰まったことで、カナンの身体がぴくりとこわばるのがはっきりとわかった。
「ほら、もっと尻を突き出せ。そして俺におねだりしてみせろ」
「くっ、殺せ!」
「よーしよし。いい感じになってきた。そのままキープな」
「くっ殺せ! くっ殺せ!」
「――カナン、貴方さっきから、その台詞ばっかりね」
部屋の隅、優雅にティーカップを片手に座っていたアリスティアが、心底呆れたように口を開いた。
「とりあえず腹が立ったら『くっ、殺せ!』と言えとリーフに命令されてましたので……。ですが本当の私なら、殺されるよりも最期まで抵抗してみせます!」
「それでこそ私の騎士よ、カナン」
「えへへ……」
「おい、私語は禁止だぞ。ったく、お前は油断すると、すぐにポーズが崩れるなあ……。ほら、腕の角度がまた下がってきてるぞ。もっと肩甲骨を意識してぐっと反らしてみせろ。はい、そこで台詞!」
「くっ、殺せ!」
「よしよし、そのまま動くなよ。悔しそうな顔をキープしろ」
そう。俺は今、カナンをモデルに女騎士のフィギュアを制作中なのだ。
これまでも前世の記憶を頼りに女騎士フィギュアを作ったことならあるが、ここにそれなりに顔も身体つきもいいリアル女騎士がいるのだ。使わない手はない。
昨日の「なんでもする」という約束を、俺はこうして最大限に利用させてもらってるわけだ。
そこで俺は両腕を縛られ吊るされている女騎士という特殊なシチュエーションを再現することにした。
カナンの腕を縄でがっちり縛り、さすがに本当に吊るすのは気が引けたので腕を高く上げて立たせ、尻は突き出させて足はハの字をキープ――なんていう中途半端でキツい体勢を強制させる。
そしてその不安定な拘束ポーズをじっくり観察し、筋肉の張りや生地の食い込み具合、装備の重厚感、肌に浮いた汗の光沢まで――できるだけ細部を逃すまいと、俺はフィギュアの土を細かく削り続けていた。
「というかリーフ。その彫像……カナンにそっくりではあるけれど、いつも貴方が作っているような躍動感はあまり感じないわね」
アリスティアが俺の肩越しに覗き込み、不思議そうに首をかしげている。
「ほう……やっぱりわかるか。確かにこれまでのフィギュアは、長年積み重ねられた造形師たちによるデフォルメ技術の結晶だからな。こういう見たままを描写した写実的な表現ももちろん悪くはないが、俺の好みではないなと思っていたところだ」
「じゃあこれは失敗作なの?」
「まあな。リアリティがあっても、俺の求めるエモさが足りない。ただ、これはこれで使い道がある」
「エモはよくわかんないけど……使い道ってどんな?」
「こいつをベースにしたフィギュアを量産して、お手頃価格で売りさばくんだよ。この際、儲けはどうでもいい」
「そうするとどうなるの?」
「世の中に写実的でクオリティの高いカナン似の女騎士フィギュアが大量に出回ることになる」
「おおっ、この私が有名になるのか!?」
なんだか誇らしげに喜んでいるカナンに、俺は現実を教えてやることにする。
「ああ。そして世界中の紳士たちが、夜な夜なカナンのフィギュアを眺めながら、あれやこれやとよからぬ妄想に耽るわけだ。なんなら下着も着脱可にしてみるか。よかったなカナン。お前は紳士界隈で一躍大スターになれるぞ」
「や、止めるのだ! 想像するだけで鳥肌が立ってきたぞ……!」
青い顔をしながら両腕をぶんぶん振るカナンを見て、アリスティアが同情の混じったため息をつく。
「ねえ、リーフ。あの子は王女である私の騎士なの。だからせめて尊厳を粉々にするようなことは、許してあげてくれないかしら?」
「冗談だよ。こんなバカ騎士の量産品を作るほど、俺の時間と労力は安くない。……さて、とりあえずもういいぞカナン。解放してやる」
「ふうぅ、疲れたのだ……」
俺が部屋のカーテンを全開にしてやると、カナンがその場にへたり込み、全身から力が抜けきったような声を漏らした。
体力バカのこいつでも、慣れない緊張感とクソほどバランスの悪い体勢は疲れたらしい。お陰で普段のバカには似合わない、妙に色っぽい表情も取れたわけだ。
「その彫像はどうするつもり?」
「前から思ってたけど、ここはあえてフィギュアと言ってもらおうか」
「はいはい、フィギュアね。それで、どうするの?」
「んー罰ゲームも終わったし……捨てるか」
「捨てるくらいなら私にくれないかしら? あなたに持たせておくと、本当に市場に出回らせてしまいそうだし」
「ああ、いいけど」
「ふふ、ありがと。大事にするわね」
「当たり前だろ。俺がわざわざ作った物をあげたんだからな」
「貴方って本当にいちいち面倒くさいわね……」
じっとりした目を向けるアリスティアを適当にスルーして、俺はベッドにドカッと腰を下ろした。俺も不慣れなリアル志向フィギュア制作で意外と疲れていたらしい。
「おい、罰ゲームは終わったんだ。二人ともさっさと出ていってくれ」
「はいはい。行くわよ、カナン。セバスもそろそろ戻ってくると思うわ」
「はいっ、姫様!」
慌ただしく二人が出ていくのを見送り、こうして妙に濃密な昼下がりのひとときが終わった。
今はセバスがいろいろと準備を進めているらしい。
そしていよいよ明日から、俺の新しい住み家になるかもしれない――いや、きっとなる、魔の森への旅の始まるのだ。




