46 魔の森
「ま、魔の森について知りたいの?」
「ああ、そうだ。出し惜しみをせず、知っていることを洗いざらい吐け。ほら、さっさと言え」
『隠すとためになりませんよ? さあ早く話すのです』
「ちょっ、ちょっと落ち着いて。話す、話すから! だからそんなに詰め寄らないでちょうだい!」
少し興奮しすぎただろうか。俺(ついでに種も)の剣幕に押され、気がつけばアリスティアを部屋の壁際へと追い詰めていた。
無意識のうちに壁に手をつき、結果的にいわゆる壁ドン状態になっているが、もちろん俺にそんな浮ついた気持ちは一切ない。
あるのは『魔の森』への期待だけだ。
だって考えてほしい。『魔の森』だよ? なんてそそられるフレーズだろうか。俺の中の厨二心が疼き出す。なによりこれはもしかすると、もしかするかもしれない。
アリスティアは乱れた髪を整えて軽く咳払いをすると、カナンに「地図を」と短く指示をした。
そして受け取った古びた羊皮紙を机に広げて話し始める。
「まずはおさらいからね。先日、私が訪問していた都市ルビネティンが帝国軍の奇襲によって、またたく間に陥落してしまったわ。そこから命からがら逃げ出した私は、国民を鼓舞するためにも何としても王国の東に位置する王都へ戻り、再起を図らなければならないの」
アリスティアが『ルビネティン』と書かれた場所を指差しながら言う。ちなみにその近くには今は亡き世界樹の森がある。
「戦地はさらに拡大する一方。各地に帝国軍の検問が敷かれ、街道を使って容易に王都へは向かえない。そこで私たちは追手を避けながら南へ逃れ、今はルビネティンからも程近いここ、自由都市連合のひとつ、ファルトスの町に潜伏している――というわけ。ここから自由都市連合の領内を東に抜け、迂回しながら王都を目指す計画なのだけれど――」
すーっと指を東方向に動かしていくアリスティア。
この先、東方面の王国と自由都市連合の間には長い山脈が連なっているようなのだが、その山脈が途切れた先、地図上でぽっかりと何も書かれていない空白地帯でアリスティアの指が止まった。
「王国と自由都市連合を隔てるこの空白地帯には、古来より立ち入りが禁じられてきた深い森があるの。……それが通称『魔の森』よ」
「待ってました『魔の森』! で? それで? 具体的にどんなところなんだ? は、早く教えろ!」
『もったいぶるのは感心しません。不敬ですよ』
「本当にさっきからグイグイ来るわね、貴方……。ええと、魔の森は古くから『不可侵にして難攻不落』と伝えられている深い森よ。凶悪な魔物が跋扈し、人の侵入を一切寄せ付けない、まさしく魔の領域となっているわ」
アリスティアがふうと小さく息を吐き、言葉を続ける。
「……正直に言えば、それ以上のことは王国でも把握できていないの。だって調査隊を送っても、浅い場所ならともかく深い場所にまでたどり着いた者はだれもいないから。ただ、幸いなことに魔の森から魔物が外に出てくることはなくてね。だから触れないで放置することが最善――そう判断されている状態なの」
説明を終えたアリスティアは、不安を隠しきれない表情で俺を見つめた。
「でも、そこを強硬突破しない限り、王都へ入る道がないの。だからリーフ、お願い。貴方の力が森で十全に発揮できるというなら、それがきっと――」
「いいぞ、行こうぜ!」
「……え?」
「行くって言ったんだよ。それでいつ出る? 明日? さすがに今日は疲れたから勘弁してくれよな」
「ちょ、ちょっと待って! あれだけ嫌がってたのに、どうして急にそんな乗り気なのよ!?」
「ん……? ああ、お前には俺の目的を言ってなかったな」
俺は軽く咳払いをすると、むんと胸を張って言ってやった。
「俺はな、世界樹の森に代わる新しい定住先を探してるんだよ。ついでにこの種が根を張る場所もな」
『その通りです』
するとアリスティアは目をひん剥いて、椅子から転げ落ちそうな勢いで声を上げた。
「はあああああ!? 貴方、まさか魔の森に住むつもりなの!? ちゃんと話を聞いてた? 調査隊すら全滅する凶悪な魔物たちの巣窟なのよ!?」
「それってつまり、森に近づくバカは魔物が勝手に掃除してくれるってことだろ? 究極のセキュリティ物件じゃん。最高すぎるだろ」
「え、ええぇ……」
完全に言葉を失っているアリスティア。
どうやら人間には、静かな暮らしを求めるエルフの美学ってやつはわからないらしいな。やれやれだぜ。
「とにかく俺は行くから。いや、なんなら別にお前らはこなくていいよ。場所がわかっただけでも十分だ」
「ま、待って! 私たちも同行するから! だからお願い、とりあえず……落ち着いてちょうだい、ね?」
なだめるように俺の肩を押さえるアリスティアに、俺はため息混じりにうなずいてやった。
「わかったよ。なら準備はなるべく早くしてくれよな」
「そ、そうね。とりあえず今回の件の後始末と、旅の物資を早急に整えるわ。それから護衛の報酬についても、きっと貴方の満足いく提案を考えてみせるから期待していてね」
「報酬? そんなの別にどうでもいいんだけどな。ああ……そうだ、護衛として同行するならひとつだけ絶対条件がある」
「な、なにかしら。……聞くわ」
アリスティアが緊張した面持ちでごくりと唾を飲み込む。
「道中の移動なんだけどさ。護衛って普通、馬車を外から囲って歩いたりするんだろ? でも俺は絶対に歩きたくない。馬車の中から護衛する。それが条件だ。あぁそれから、ふかふかの座席も頼む」
「それだけでいいの……? 他になにか要求は? 貴方から報酬を求めてくれるなら、なるべく叶えるつもりなのだけれど」
「お前……俺をなんだと思ってるんだ? 俺はやりたくない仕事はやらないし、どうしてもというなら対価はがっつりいただく。でも、自分のやりたいことなら余計な金どうだっていいんだよ」
「リーフって変なところで欲がないもんねー」
スーリヤがにやにやと笑いながら言う。さすが幼馴染はよくわかってる。
「スーリヤ、そういうわけで姫様の護衛で魔の森にいくことになりそうなんだけど、お前もそれでもいいか?」
「うん。もちろん私も行くよ。魔の森って怖そうだけど、リーフならなんとかなりそうだし」
「おう、よろしくな」
「うんっ!」
スーリヤの快諾を得たところで、アリスティアが自分の髪をくしゃりとしながら、愚痴をこぼすようにぶつぶつとつぶやく。
「あれだけ難航していた交渉が、こんなにあっさり決まるなんて。はぁ、こんなことなら最初から目的地を言っていれば……」
「姫様、よくわかりませんが、とにかくよかったですね!」
「ええ、そうね。カナン……」
なぜかぐったりと疲れた様子で応えるアリスティアを余所に、こうして――俺の目指すべき場所がついに決まったのだった。




