45 報酬2
胸元に手を滑り込ませたアリスティアは、そこから深い青色の宝石がはめ込まれたアンティーク調のネックレスをそっと取り出した。そして慈しむようにしばらくそれを見つめた後、そっと俺に差し出す。
「これを貴方にあげる。私が肌身離さず持っている母の形見のネックレスよ。売ればきっと……小さなお城くらいなら買えるかもしれないわ」
「ちょっと待て、母親の形見? さすがにそれは重すぎないか!?」
おっぱい券じゃなかったのはよかったけれど、さすがに母の形見を報酬としてぶん取ったりしたら、なんだか俺が悪者みたいじゃないか。
「あら。拐われていたらどうせ奪われたでしょうし、なにより一国の姫を救ったのよ? それくらいの重さが必要じゃない? それとも――」
アリスティアはいたずらっぽく口の端を吊り上げると、なんだかいい匂いを漂わせながら俺に身を寄せてきた。
「よくあるおとぎ話みたいに、『姫を救った王子様は姫と結ばれ、幸せに過ごしましたとさ』……とか、そういう展開をお望み?」
「だ、ダメだよ、姫様! 姫様はもっと自分を大切にしないと!」
俺より先にスーリヤが割って入る。ナイスブロックだ。というか、
「王族との結婚なんか罰ゲームみたいなもんだろ。それを褒美にするとか……お前もいい加減、その自己評価の高さをどうにかしろよ。もっとこう……手頃な宝石とかないのか?」
「ば、罰ゲーム……。本当に貴方って思ったことをズケズケ言うわね……。ま、まあいいわ。そういうことなら……これでどうかしら」
顔を引きつらせながらアリスティアがポケットから取り出したのは、緑色に淡く輝く魔石だった。
「これなら冒険者ギルドにでも持ち込めばすぐに現金化できると思うわ。値段は……五百万Gくらいしかないけれど」
「なんだよ、いいの持ってるじゃないか。こういうのでいいんだよ。最初からこれを出せばよかったのに」
「王国の姫の命が五百万Gだなんて……やっぱり納得いかないわ……」
眉をひそめるアリスティアから魔石を受け取り、俺はスーリヤに向き直る。
「スーリヤ、これなら十分な旅の資金になるよな?」
「うん、もちろん! これなら面倒が多いリーフでもかなり快適な旅ができると思うよ」
面倒とは失礼な。こだわりと言ってほしい。
とはいえ、これで一件落着だ。
資金も確保したことで、いつでも森を探しに旅立てるようになった。そのことにスーリヤと二人で胸を撫で下ろしていると――
アリスティアが少しだけためらうように視線を伏せ、おずおずと声をかけてきた。
「……ねえ、リーフ」
「なんだ? 領収書でも欲しいのか?」
ふるふると首を振ったアリスティアは言葉を選ぶように間を置いてから、まっすぐ俺の目を見る。
「……改めてお願いしたいの。やっぱり……私たちが王都に戻るための旅路に、護衛としてついてきてもらえないかしら」
「あー無理無理。何度も言わせんな。俺みたいな一般エルフが付いていっても足を引っ張るだけだって」
「カナンじゃないけど、貴方って本当に謙遜しすぎよ。帝国軍の精鋭をほとんど一人で殲滅した人が、普通のエルフなわけないでしょう?」
「あー、あれか。あれはだな……サイロスが言ってたのをお前も少しは聞いてたんじゃないか? 俺には世界樹の力があるんだよ。ほら、こいつだ」
俺は鞄から例の種を取り出し、アリスティアに見せてやった。
『お初にお目にかかります、王国の姫よ。私が世界樹の種子です。一度言ってやりたいと思っていたのですが、お前の国が簡単に攻め落とされなければ世界樹の森は燃えなかったのですよ? 謝罪と賠償を要求します』
「お初にお目にかかります、王国の姫よ。私が世界樹の種子です。一度言ってやりたいと思っていたのですが、お前の国が簡単に攻め落とされなければ世界樹の森は燃えなかったのですよ? 謝罪と賠償を要求します――って言ってるぞ」
「種子ってしゃべるの? って、さすがに面と向かってそんな偉そうなこと言うわけないでしょ。冗談にしてもつまらないわよ」
アリスティアがふくれっ面で俺にじっとりした目を向けてくる。
「本当に言ってるんだけどな……。まあいい、とにかくだ。俺が森の中で無双できたのは全部こいつのお陰だ」
「お陰というのはどういうことなの?」
「俺は森の中限定で世界樹の加護を引き出せるんだよ。だから魔力はドバドバ使い放題だし、普通じゃない魔法も使えた。でも森から離れたら俺なんてぜんぜん役に役に立たない普通のエルフだよ。わかったなら諦めてくれ」
そこへスーリヤとパパさんが余計な口を挟む。
「ねえリーフ。行く行かないは別にして、世界樹の力がなくてもリーフは普通のエルフじゃないと思うよ?」
「僕もスーリヤと同意見だね。君ほど精密な魔法の使い手は世界樹の森にはいなかった。しいて言うなら……君の両親くらいじゃないかな」
「いやいや、褒められるのは嬉しいけど、今はやめてくださいよ。そんなの聞いたらこいつら、本気で俺を拉致しかねないし――」
その先を言い終える前に、俺の背筋に冷たいものが走った。
振り返ると、アリスティアとカナンの目の色が明らかに変わっている。
「やっぱり……貴方には付いて来てもらうしかないわ」
「そのようですっ……!」
アリスティアが一歩、俺の前へと踏み出す。
「貴方こそが、私たちがこれから『魔の森』を踏破するために、必要不可欠な存在だわ。厳しい道のりになるとは思っていた、けど貴方の力があれば……!」
「ちょっと待て」
『ちょっと待ちなさい』
俺と世界樹の声がきれいに重なった。アリスティアが真剣な顔でさらに詰め寄る。
「わかってるわ。報酬についてはもっと考えて、必ずあなたが納得するものを用意してみせる。だからどうかお願い、貴方の力を私たちに――」
ああ、もう。ごちゃごちゃうるさい。とにかくそんなことより――
「その魔の森についてくわしく教えろ」
『その魔の森についてくわしく教えなさい』
再び俺と種の声がハモったのだった。




